The people who are annoyed 0


私はK管理会社に勤めている妻子ある36歳。

K管理会社の業務のほとんどはマンションの管理。

管理の内容は、滞納された、管理費、積立金、賃貸費などの取立て、

修理修繕、住人同士のトラブルの仲裁役と、業務は種々多々ある。

勤務は時間交代しながらも24時間体制。

マンションの管理に於いて、住民の苦情等の電話は時間を選ばず、いつ来るか分からない。



そして今、夜8時を過ぎた時、電話があった。


「下で男女が争っている声がする」


電話をしてきたのはわたしが担当しているマンションの6階の住人だった。

電話の声は緊迫していた。

管理会社に電話するよりも警察に通報するべき内容ではないのか?

わたしは受話器を戻しながら思った。

だが所詮は一介のサラリーマン、住民の声は聞かなければならない。

それがマンション管理の業務。

わたしは電話のあったマンションへと急いだ。



このマンションは騒音の問題でよく呼び出されていた。

ワンルームで防音の設備が整っていることがマンションの売りであったが、

実際には部屋の上下の音はよく聞こえるらしく、

それがトラブルの火種になっていた。


しかし「争う声」はただごとではない。


そう考えながらマンションに着くなり拍子抜けした。


争う声は全くしなかった。

室外灯の点ったマンションは平静そのもの。

わたしはとりあえず電話をしてきた6階の住人の部屋に向かった。


出迎えた6階の住人は壮年の男性。

男性は白髪交じりの頭を掻き、ほほを赤らめ跋が悪そうに苦笑している。

電話で感じた緊迫感はいっさいない。

わたしは不振に思った。


「お呼びたてしてすみませんでした。

争っているというのはわたしの勘違いでした」

「そうですか、何事もなくて良かったです。

何かありましたら遠慮なさらず連絡ください」

納得がいかないものの、わたしは男性と別れた。


そのまま帰社してもよいが、やはり気になる。

5階に行き安全を確認してみるか。

わたしはそう思いながら階段を降りた。


廊下に着くなり、女性の息も絶え絶えの声が聞こえてくる。

わたしは一瞬で身が凍った。

通報してきた壮年の男性は勘違いと言っていたが、

それこそ大間違いではないのか。

被害にあった女性が、まさに生命の危機に晒されている。

今にも息が切れそうだ。

わたしは部屋へと急いだ。


問題の部屋のドアは薄く開いていた。

わたしは足を止めた。

息も絶え絶えの女性の声は尚もしている。

それに被さって男の声がした。


「……もっと声を聞かせて、貴子さん……」

「……ああ……、いや。」

「……いやって、こんなに濡れているのに?」

「……意地悪……」


こ、これは……。


もしかしなくても、アノ現場……。

ある意味、凶行……。


わたしの顔が一気にかっと熱くなった。

同時に電話してきた男性の顔が赤かったことも腑に落ちた。


はた迷惑な住人どもめ。


わたしはあらぶる気持ちを抑え、

隙間から中を見ないようにして、そろりとドアを閉めた。


精神的な疲れがどっと押し寄せてくる。

それとは別に元気さを主張している体の部分がひとつ。



……妻とはここしばらくご無沙汰だった。

久しぶりに励んでみるか。




鹿を逐う者は山を見ず。

律儀者の子沢山。





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