A Buddhist priest and Valentine's Day


2月14日はバレンタインデー。

しかし仏教、ことお寺では別の意味合いを持つ日。



旧暦の2月15日はお釈迦さまが入滅した、亡くなった日とされる。

入滅したことを涅槃といい、各寺院では「仏涅槃図」を掲げ、法要が行われる。


その行事は「涅槃会」と呼ばれ、重要な法要の一つなのだ。

わたしが嫁いだ正稔さん、正ちゃんのお寺でも同じこと。




正ちゃんの生家でもある鈴渕寺では2月15日が涅槃会だ。

それにに向けて、前日の14日から、お供えする花団子作りをしていた。


正ちゃんはまだ、生家の鈴渕寺ではなく、月尊寺の僧として勤めている。

ただ生家で重要な行事を行う際、鈴渕寺に戻って法要の手伝いをしていた。


旧暦の2月15日は新暦の3月15日にあたるけれど、

鈴渕寺は新暦の2月15日を涅槃会としていた。


鈴渕寺だけでなく、新暦の2月15日に涅槃会を行うが結構あり、

そこにも寺、日本の国民性は、古いものを残しつつも、

新しいものを取り入れてるんだなと実感する。



鈴渕寺の花団子は、丸い団子に赤、青、白、黄、黒(ゴマ)の色をつけたもの。

これを沢山作る。

本堂へお参りに来る檀家さんたちに配るためだ。


「涅槃会」のお供えは他の寺では、おかきなどをお供えしている所もある。

また、甘酒を配っている所もある。


所かわれば品や様式が変わる。

けれど、寺にとっては大切な日に変わりない。



わたしは昨日から鈴渕寺に止まり、正ちゃんの家族たちとともに涅槃会の準備、

花団子作りを手伝っている。

キッチンでは、朝から米粉を捏ねては蒸してを繰り返していた。


鈴渕寺はそんなに大きなお寺ではないけれど、明治に建てられたお寺だ。

檀家さんの数はおよそ120人強。

(ちなみに月尊寺はそのおよそ10倍、1200人以上あるそうだ)


昔はもっと多かったそうだけれど、時の流れとともに檀家さんの数も減っていった。


その全部がお寺に来る訳ではないけれど、それでもそこそこの人数が来るとなると大事になる。

また涅槃会に参るのは檀家さんだけとは限らない。

寺は特に開かれた状態になるので、それ以外の人も参ることがある。


わたしたちもそれなりに気合が入る。




寺と共にある暮らしは、初めはとまどうばかりだった。

それまでのわたしは会社勤め、

仏教とは葬儀や法事以外、接点のない暮らしをしていたから。


こうして正ちゃんに嫁いでから、寺の様々な仕来りを知るたびに、

昔ながらの行事、伝統は消えることなく受け継がれているのだなと実感する。





「ちゃんと一休みしてる? 根詰めちゃだめだよ?」

正ちゃんが心配そうにキッチンを覗く。

彼のお父さんと共に、檀家さんへのお参りを一通り済ませた彼は、

すでに部屋着である黒のジャージの上下に着替えていた。

相変わらず、胸板が厚くて均整が取れたしまった体に、わたしは見惚れてしまう。


「大丈夫よ、こうして椅子に座ってること多いから、

大事なお嫁さんだもの、無理させないわよ」


正ちゃんに目鼻のよく似た(いや、もう少し柔和な感じがする)お義母さんが言う。


「でもね……」


彼は心配そうにわたしのいる席へ来た。

そして最近目立って膨らんできたわたしのお腹に手を添える。


「普通の体じゃないんだからね」


わたしはふっと笑みが出た。


今妊娠7ヶ月過ぎた頃。

お腹は目立つけれど、まだまだ安定期。

妊娠は病気ではないし、普通に生活していて差し障りもない。

ほんとに、正ちゃんは心配性だ。

この人はいつまでも甘い。


わたしよりも正ちゃんの体調を心配してしまう。


寺に休日はない。


要請があれば、日程を調整して葬儀や法事に赴く。

時には新幹線などを使い遠方に行くことすらある。

月尊寺を主に勤めているといえど、こうして生家の鈴渕寺を時折手伝わなければならない。


行く行くは鈴渕寺を継ぐことになるのだし……。


坊主丸儲けという言葉があるけれど、坊主には坊主なりの苦労、苦悩がある。

彼の筋骨隆々な体も僧侶としての修行の賜物、苦労苦悩の乗り越えんがための一環。


「正ちゃんこそ、そこ座って? あ、これ作ってみたのどうかな?」


わたしはお供えの団子と別にしていたお団子を小皿の上に載せ、正ちゃんの前に差し出した。

それはほんのり焦げ茶色した団子。


「これ正ちゃん専用のお団子、お義母さんと共同で作ってみたの。

ココア練りこんで作ってみたの、

正ちゃんの分はわたしが、お義父さんの分はお義母さんが作ったのだけど。

バレンタインですものね」


大好きな正ちゃんへ、わたしからのプレゼント。


「ありがとう!」


正ちゃんがうれしそうに声を上げた。

そして団子を口に頬張る。


「うん、おいしい! 涅槃会に黒団子としてお出してもいいような。

……あ、だめだ!」


正ちゃんが顔を顰めた。


「チョコのは、ぼく専用だから!」

「もう、正ちゃんたら……」

正ちゃんが、にっこりと笑う。

そしてまたひとつ、団子を頬張った。


頬を膨らせながらもぐもぐ食べる正ちゃんは、まるで大きな子どものよう。

これで赤ちゃんが誕生したらどうなってしまうのだろうか。

大きな子どもと小さな赤ちゃんで大変さが2倍?



「……いたっ」

「……貴ちゃん?」


心配そうな顔をする正ちゃんに笑顔を向ける。


「大丈夫、この子に強くお腹蹴られたの。

あ、また」

「どれ?」言いながら、

正ちゃんのがっしりしたたくましい手が再びわたしのお腹に伸びてきた。

ゆっくりとわたしのお腹を摩る。

またごつんとおへその上辺りを赤ちゃんの足が蹴った。


「お! すごい、この子も大人しくしていなさいって言ってるぞ!」


「もう、あなたたちったら、おかあさんがここにいるの忘れてない?

見てられないわ」


お義母さんがあきれた顔をしながら苦笑した。

わたしも正ちゃんと顔を見合わせてくすりと笑った。




正ちゃんは正ちゃん。

大きな子どもみたいで、心配性で優しい正ちゃん。

子どもに甘くなりそうだけど、いいお父さんになる……。


普通の恋人や夫婦たちとは違う、お寺の2月14日、バレンタインデー。





縁は異なもの味なもの

笑う門に福来る



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