A Buddhist priest and Valentine's Day 2


食事中の方、注意です。下品な表現があります。(仏教的には下品ではないのですが;)


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「お、できてるね、花団子」


新たにキッチンに現れた人物、

正ちゃんより、ほんの少しトーンが高め? 渋い声の持ち主は、義弟の孝靖(こうせい)さんだ。

正ちゃんとは3歳違いの24歳、彼もお坊様である



「なんだ、いたのか?」


正ちゃんが憮然とした口調で孝靖さんに言う。

正ちゃんは孝靖さん相手だと物言いが横柄になる。

でも孝靖さんは正ちゃんの口調を気にすることなく、陽気に言葉を返した。


「いたのかは冷たいね、ぼくだって鈴渕寺の息子だし。

向こうの寺も準備整ったし、貴子さんも来てるから早い目に帰ったんだ」


孝靖さんも、正ちゃんとは別の寺、玉照寺(ぎょくしょうじ)というお寺で修行がてら勤めている。

月尊寺ほど大きな寺ではないけれど、そこそこの規模のお寺だそうで、

鈴渕寺から電車で40分ほどの所にある。

(ちなみに月尊寺は鈴渕寺から約1時間半離れた場所にある)

孝靖さんはその近くのワンルームマンションで生活をしている。


鈴渕寺へ来たばかりなのだろう。

孝靖さんは黒色の僧侶の装束ままだった。

やっぱり正ちゃんの弟だ、よく似ている。

目鼻立ちの精悍さ、筋肉質の体つき、凛としていてかっこいい。

でも、正ちゃんの方が断然素敵なんだけど。



正ちゃんと孝靖さんが並ぶと、自然と目が二人に行く。

うっとり見とれてしまう。

これこそ眼福。



「……それで、お前いつまでここにいるつもりだ」


正ちゃんが、わたしからの視線をさえぎるように目の前に一歩踏み出した。


「いつまでって、明日の朝まで? あ、兄貴の持ってるの花団子だね、

その色は……、もしかしてチョコ入ってる?」


ぼくにも下さいと孝靖さんは正ちゃんの方に、半歩身を乗り出した。

正ちゃんはあわてて、皿を手で覆い隠した。


「これはダメ、花団子なら、ほら、そこテーブルの上!

その大皿に乗っているのを取ればいいだろう」

「何で? そっちのは檀家さん用だろ? 

兄貴の持ってるがいいんだけど?」

「いや、絶対にダメ!」


正ちゃんは残っていた団子を掴むと、一気に口の中にほうばった。

そして、口をもごもごさせながら飲み込んだ後、したり顔で口角を上げて孝靖さんを見つめている。



「……しょうがないわね」


黙って二人のやりとりを見ていたお義母さんも、苦笑いを浮かべている。

お義父さん用にとって置いた団子の一部を小皿に取り「これも同じ団子だから」と孝靖さんに渡す。


「ありがとう、でもやっぱり兄貴が食べていた団子が気になるんだけど?」

「なんで? お母さんが同じだと言ったろう? それでいいじゃないか」

「ふーん? でも兄貴、なんでそんなにムキになるのかな?」

意味ありげに孝靖さんがにまっ笑うと、正ちゃんが眉をよせて睨んだ。



すると「……何事だ?」と、

正ちゃん、孝靖さんの言い合いに、お義父さんの渋くて低い声が割って入った。


お義父さんも正ちゃんと同じく、檀家参りを済ませた後なので、

僧侶の装束から着替えていた。

お義父さんの服はグレーのセーターに黒ズボン姿、くつろいだ雰囲気があるものの、

そこは鈴渕寺の住職、品がある。

そしてさすがに美形二人のお義父さんだ。

60歳近いが、その辺のおじさまとは違う。

剃髪頭も貫禄十分、年相応の渋さを加算したイケメンだ。


「兄貴がいじわるするんですよ」

「孝がしつこく絡むんだ」


お義父さんは、孝靖さん、正ちゃんの顔を順々に見てから、ふうとため息をついた。


「明日は大事な日だ。くれぐれも諍いを起こさないように。

それに貴子さんの目の前だ、争いごとは胎教によろしくない」と言い含んだ。


途端に正ちゃんが項垂れた。

悪かったとわたしに頭を下げた。


「そんな、大丈夫ですから」

「いやいや、ほんとうに悪かった。いい子いい子」

手を伸ばしてお腹を摩る。


正ちゃんの家族が揃ってる中で、なんだかこそばゆく恥ずかしい。

家族中の視線が、わたしに、わたしのお腹に注がれているように感じられる。

でも正ちゃんはそんなこと、思ってないようで。

「いい子、いい子」を繰り返しながら、撫で続けている。



孝靖さんが微妙な空気を払うように咳払いをしてから言った。


「そうそう、玉照寺から『ハナクソ』どうぞって貰ってきてたんだった」


肩に架けた鞄を開け、中から紙包みを取り出した。


「おお、『ハナクソ』か。これはこれは玉照寺さんもご丁寧に」


お義父さんはにっこり笑いながら、孝靖さんから紙包みを受け取った。


「玉照寺が配る『ハナクソ』は定番ですものね」


お義母さんが感慨深げに言った。


ハナクソ?

ハナクソって言った?

聞き間違いではないのよね??


わたしが考えこんでいるのを見て取ったのか、正ちゃんが耳打ちしてくれた。


「『ハナクソ』って、涅槃会に備えられるあられの名前なんだ。

ハナはお花の『花』、クは供養の『供』、

ソは僧侶の『僧』、もしくは祖先の『祖』の字をあてて『ハナクソ』というんだ」


えっ!

お供えのお菓子の名前!

でも、そのネーミング、思いっきり突っ込んでいい?


なぜ「ハナクソ」と呼ばすの?

なぜ、それがまかり通るの??


だって、どうしてもあの鼻○そ、思い浮かぶじゃないの!


……ああ。

お寺って、摩訶不思議……。




所変われば品変わる

百聞は一見にしかず(続く)



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