Person who observes it


わたしは2年ほど前から小さな本屋を営んでいる。

ちなみに独身、アラサー世代男子。

その本屋は住宅街の中にぽつんとある。

わたしは脱サラして、父母が経営していた本屋を継いだ。

小さいながらも昔からある本屋、そこそこ需要はある。

本屋のお客は、近隣の住人が圧倒多数だ。



その客の中で一際目を惹く人物がいる。

坊主頭にジャージの上下を着た人物だ。


初めて彼を見た時は、即座に不審者だと思った。

他の客にはない威圧感がある。

わたしはさっそく彼に気取られないよう監視を始めた。


ジャージごしからも伺える筋肉質の体、鋭い切れ長の目。

そして彼のいるコーナーは、

「愛される男」「女の落し方、愛し方」「モテ男は一日にしてならず」等、

女性がらみのハウツウ本。

怪しい、あまりにも怪しすぎる。


1時間ほどして、その男がようやく去り、わたしは緊張の糸を緩めた。


それからも男は、何度か本屋に現れた。

やがてわたしは、その男が近隣の寺、月尊寺の僧侶であることを知った。


僧侶であると知ってからも観察は引き続き続行していた。

ただ不審者としての観察から、単なる興味本位へと目的は変わったが。


彼が店に来る時間、店内にいる時間も1時間とほぼ同じだ。

どうもここで時間をつぶしているようだった。

そして見ているコーナーは相変わらず、恋愛のハウツウ本。


僧は御仏の世界を説法する。

信者の中に自分の悩みを相談する人も中にはいるのかもしれない。

その悩みに、恋愛もあるかも……、

と思ったが、彼の年齢、本を見る態度などから、説法用、相談用ではないと感じた。


自分用のを探しているのだな……。

わたしはそう推測した。


そして彼は何日にも渡って時間をかけ、吟味した後、

ついに1冊の本を手に取りわたしのいるレジへ来た。

わたしと目を合わすことなく頬を染め、俯いたまま恥ずかしそうに本を差し出した。


その本は……。


『Boy & Girl 気になる彼女と話をしてみよう、初級編』


恋愛のハウツウ本の中でも小中学生あたりが対象の本……。

さんざん悩んで、しかも、初級編って……。

この顔で、この本……。

わたしは思わず噴出しそうになった。

失礼だとは思うが感情は抑えられそうもない。

肩が震えそうになりながら、レジを打った。



その後、しばらく彼は本屋に来なくなった。


わたしはほんの少し、寂しさを感じた。


あの恋愛ハウツウ本は役に立ったのだろうか。

いや彼の年代だと、どうみても内容が噛み合わなかっただろうに。


まあ、あの出で立ちにあの顔は、女性に怖がられそうだから、

あの本も全く役に立たないとも言い切れないかもだが……。


そうこうしているうちに、三ヶ月が過ぎた。

わたしの中でその存在が薄れていきそうになった頃に、彼は再び現れた。


ジャージの上下に坊主頭、強面の顔は相変わらず。

彼はわたしが思っているよりも血色がよく、見るからに元気そうだ。

表情は、明るい。

あれは、笑顔だよな?

口の端を上げて笑顔を作っている。

ただ、よけい凄みがあるように思われるが……。


そして彼は恋愛のハウツウ本のコーナーではなく、別のコーナーの本を見始めた。


そこは、妊娠、出産のコーナー。


彼はそこでまたさんざん本を吟味した後、1冊選んでレジへと持ってきた。


『新米パパ、ママの保育、赤ちゃんの気持ち』

わたしはレジを打ちながら、本屋に来なかった三ヶ月の間に、

彼の身に何が起こったのかを察した。



……ここから先は、店主としてではなく、わたし個人の独り言。


初心っぽかったのに展開早すぎ、この生臭坊主。

ああ、わたしも彼女が欲しい……。





溺れる者は藁をも掴む。

一葉落ちて天下の秋を知る。





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