2010年はどうやねん


レジのカウンターに置かれたデジタル時計が午後9時を指す。

今日も一仕事終わった。

わたしは大きな伸びをした。

なんやかんやでもう12月30日。

バイト先のこの本屋は年末は31日まで年始は3日から、

わたしは31日も翌1月3日どちらもシフトに入っている。

しかし年末、新刊が出ているわけでもなく、忙しいピークは過ぎていた。


「相楽さん、おつかれ。」

石本さんがにっこりしながら店のシャッターを下ろしにかかった。

「おつかれさまです。」

やっぱり素敵な笑顔だな。

思わずぼーっと見とれてしまいそうになるのを叱咤して我に返った。

いけない、石本さんといるとペースが乱れる。

クリスマスはこの笑顔にすっかり騙され? 

本屋のバイトが終わった後、ラーメン屋で夜通し働き散々な目にあった。

ぶっとうし働いてよく体調崩さなかったものだと、我ながら関心する。



「・・・お先に失礼します。」

店を出ると、さすが年末30日の夜、

商店街に人通りはほとんどなく閑散としている。

すると、背後からタタタというと早いテンポの靴音が近づいてくる。

わたしは肩から提げたショルダーバッグの紐を強くにぎりしめた。

この時期、女性の一人歩きを狙ったひったくりが多いからだ。

(これは、やばいかも!)

わたしは駅へと全力疾走で駆け出す。

すると「待って相楽さん」と呼び止められた。

石本さんだった。

走って追いかけて来ていたのだ。

「びっくりするじゃないですか、脅かさないでください。」

「いやいや、ごめんごめん、年末は物騒だし、

送って行こうかと思ってね。」

石本さんはひざに手をやり前のめりに腰を屈めて呼吸を整えながら、

上目使いにわたしを見た。

石本さんの上目使いは破壊力ありすぎ。

整った顔が妙にあどけなくなりかわいらしさがアップしている。

わたしは不覚にも高くなってしまった胸の鼓動を抑えながら

石本さんに「すみません」と詫びた。

石本さんはわたしと並んで歩いた。

こうして並ぶと、変に意識してしまう。

まあ、あの石本さんだもの、

言葉通りに「物騒だから送る」ってことだけなのだから、

勘違いしてはいけない・・・。

そう思うのに、石本さんが話す言葉は妙に勘ぐってしまいそうなことばかり。

大晦日はどうすごすのか、正月どうすごすのかで始まって、

何にもわたしに予定がないと知ると、

「初日の出を一緒に見ようね。」なんて言い出す。


ふっと初日の出を石本さんと見ている自分の姿を思い浮かべる。

ゆっくり明るくなっていく空を、何も言わずに見続けて。

朝日に照らされて、石本さんの端正な顔が神秘的に映えていて。

『相楽さんとこうして一緒に見ることができて良かったよ。

来年も、そのまた来年もすっと初日の出、見ようね』

なーんて・・・。


「・・・何、真っ赤になってるの?」

石本さんが、わたしの顔を覗き込む。

わたしは妄想から我に返った。

妄想していた内容が石本さんに漏れてしまったのではないかと思い、

いっそうほほが熱くなっていくのを感じた。



翌日、シフト通り午後4時店に入ると、

石本さんが回りに人がいない時にわたしに近づき、「後でね」と耳打ちする。

その言葉を聞いた途端、頭の中がフリーズする。

後でって何?

いかん、いかん。

と頭を振り、仕事に専念しようと勤める。


そうこうしているうちに時間はどんどんすぎ閉店時間。

店の片付けが済んでも、石本さんから「後でね。」についての話は一向に出ない。

帰り支度を整えると、

「行こうか。」と石本さんはわたしに声をかけて店を出る。


「行くってどこですか?」

「コンビニ、お腹空いたでしょう?」

しんと静まった商店街で、

石本さんとわたしのたてる靴音が大きく響く。

店から一番近いコンビニに入ると、

石本さんは「相楽さん、どれがいい?」とおにぎりをかごに入れだす。

そして「大晦日はやっぱりこれ食べないと。」とそばのカップ麺の蕎麦を二つ。

年越しそばですか、これ、随分安易・・・。

と感心している場合じゃない。

わたしの分もあるということは、このままお供するのは決定事項なんですか?

ま、まさか、このまま初日の出までご一緒コース?

背中に嫌な汗がにじんだ。

彼氏いないといえども20歳。

そういう手のことはどこからか情報が入りすっかり耳年増、よからぬ考えが頭をよぎる。

そんな、キスさえしたことないのに・・・。

「・・・だ、だめですよ、石本さん・・・。」

思わず口に出し後じさりすると、石本さんはがしっとわたしの腕を掴んだ。

「あれあれ、今更? 逃がさないよ」

逃がさないって、キャラ変わってませんか? 石本さん!

わたしは抵抗もままならないまま、

商店街から歩いて10分くらいの距離にある石本さんのアパートに連行された。



背中ににじんでいた嫌な汗は一向にひかない。

ええ、違う意味で。

わたしは石本さんとコタツで差し向かい、

筆ぺんを持って年賀状を描いている。

はあ、脱力です。

さすがは石本さん、良い意味で裏切ってくださる・・・。

「ごめんね、相楽さんにすっかり頼ってしまって。

あ、ここ塗りつぶして。」

ちっとも悪びれた様子もなく石本さんは言う。

しかし、大晦日の今頃になって、年賀状。

しかもいくつあるんだこれ? やたらとあるぞ。

石本さんに正確な枚数を聞くのが怖い。

いまどき、パソコン使わず手書きする人がいるなんて驚いた。

っていうか、もっと早く準備して書け!

1日に届かないの前提で書いてるやんか!

それにこの年賀状、懲りすぎです。

なんですかこのイラストの線描きは・・・。

うますぎる、美しい・・・。

こうして初日の出を堪能する余裕もなく、

延々と年賀状のアシスタント?を続けていた。



「・・・相楽さん・・・。」

いつのまにやらわたしは居眠りしていたみたい。

何度もわたしを呼ぶ声がして目を開くと、石本さんの顔のアップがあった。

「うおっ」

驚きで色気のない声が口から出てしまった。

「おかげで無事にポストに投函してきた。ありがとう。」

石本さんの顔にも疲れが見えていた。

爽やかな笑顔はそのままだけれど、目にくまができている。

うっすら生えた無精ひげがいつもの好青年風な顔にワイルドさをプラスしている。

「ぼく、少し寝るね、午前11時くらいに起こして。」

そう言うと、わたしの返事も聞かず、コタツに足を突っ込んでごろりと寝出す。

ああ、まだここに居なきゃなんですか・・・。

てか、何でわたし、石本さんの言うこと聞いちゃってるんだか・・・。


・・・自覚してなかったけれど、わたしって流されやすい上に下僕体質?

そして石本さんは言葉使いは悪くないけど気質は俺様っていう奴?

大きなため息をついて、石本さんの寝顔をしばらく見ていた。


今年1年の始まりがこれって。

なんだかなあ。 (終)



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