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迷走のホワイトデー(後編)


前編、後編

午後4時に部展終了、画廊に展示していた絵を外し片付ける。

一端家に絵を持って帰ってから、かかし亭に向かう。

服装はコンパ用に代えてみた。

ブラウスに紺のジャケットにチェックのスカート。

基本はお嬢様風でかわいらしく。

なんせT女子と一緒だから。

わたしたちのサークルの参加者、2回生4人、1回生3人の計7人。

深月は8時までというのを条件に参加した。


わたしが居酒屋着いたのは7時すぎ。

参加者ほぼ集まっていた。

座敷の一角、S大の篠崎さんの周辺にはT女子がすでに固まっている。

篠崎さんの隣には森山さんがいる。

ブランドで固めた気合入った格好といい、なんか鬼気迫る感じ。

わたしは端の席に座ってる深月の姿を認めるとそちらに向かった。

「・・・沙織、大丈夫? 顔強張ってるみたいだけど。」

深月はわたしの前にあるグラスを取り、ビールを注ぐ。

わたしはそのビールを一気に煽る。

「大丈夫、向こうの方へ行くね。」

あごをしゃくって篠崎さんの方を示す。

深月は目を大きくして驚いたような顔をしたけれど、こくんと頷いた。

わたしはビール瓶を掴み篠崎さんの方へ向かう。

森山さんと篠崎さんの前の席に強引に割り込み、

「どうぞ」とテーブルに置かれた、半分にしか減ってない篠崎さんのグラスにビールを注ぐ。

「どうも」とグラスを取った篠崎さんの隣で、

森山さんが笑顔を作りながらも目だけはわたしを睨む。

わたしも負けじとばかりに笑い返した。

なんでここに来たのかな、篠崎さんのこと吹っ切ったはずやのに。

意地? 執着?

ただ必死に会話に入って笑顔を作る。

そうやっているうちに、部展の時に感じた妙な気分に襲われる。

それがなんでか、分った。

一見楽しそうに見える篠崎さんの目が笑ってない。

むしろ苛々しているみたいな。

森山さん、気がついてるんやろうか。

わざと気ついてないふりして、スルーしてるんやろか。


そうしてるうちに、ある一点を見つめたままで篠崎さんの表情が変わった。

目線の先を追うと、出入り口に篠崎さんの元カノが立っていた。

その姿を認めた森山さんが意地悪そうに笑いながら、

篠崎さんの腕に自分の腕を絡め出した。

元カノは顔を伏せ外へと駆け出す。

篠崎さんは後を追うという素振するけど、

森山さんがっちり篠崎さんの腕にしがみついてる。


ああ、この女。

篠崎さんと元カノいやひょっとしたらまだ別れてないのかもしれない。

さも自分と関係ある風に装って、仲を徹底的に裂こうとしてる。


まあ、篠崎さんと彼女、こんな細工でダメなるようならそれまでの間柄。

どうなろうが知ったことやない。

傷心の篠崎さん慰めて、

いつのまにやら彼氏彼女にっていうのもあるかもしれんけど。

フェアやない。

第一、すごい悲しそうな顔やんか、篠崎さん。


わたしは立った。

ビール瓶を掴み、強引に篠崎さんと森山さんの後ろに回る。

ビールを注ぐ振りして篠崎さんに倒れかかった。

ビールが篠崎さんと森山さんにかかる。

「何、信じられない!」

森山さんが非難の声を上げる中、篠崎さんに耳打ちした。

『今のうちや、早く行き。』

篠崎さんはあっけに取られた顔をしていたけれど、こくんと頷き立ち上がった。

それに合わせて立とうとした森山さんに抱きついた。

「ちょっと、野口さん、何するのよ!」

「ん? ああ、森山さん、ふわふわして気持ちいいわ。」

「はあ? 酔ってるの? 放して、もう篠崎さん行っちゃう。」

誰が放してやるもんか。

ビールにまみれた森山さんの服のビールが自分の服に移ろうが、

酔っ払いの変人女と言われようがもうどうでもいい。


篠崎さん、追いついたかな。

仲直りできたらいいよな。



「沙織、大丈夫?」

「ごめん深月、わたしらのサークルのイメージ悪してしもて。」

「気にしなくていいよ、それより気持ち悪くない?」

心配そうに深月が言う。

打ち上げ会はその後、険悪な空気になった。

深月がT女子に絡むわたしを引き取り、トイレへ連れて行った。

おしぼりでビールで濡れた服を拭いたり、背中を摩ってくれたり。

詐称「酔っ払い」だけれど、抵抗せず深月のなすがまま世話になった。

「・・・もう醒めたし大丈夫。それより深月時間、8時すぎてない?」

「あ、そか、そんな時間なんだ。」

「わたしも帰るわ。」

森山さんにはちっとも悪いことしたなんて思ってないけど、

場の空気は悪してしもたからな。

さっさと退散した方が無難やろう。

というか、サークルがらみでは今後コンパには参加できへんかも。


「深月迎え来ているよ。」

2回生のサークル仲間がトイレに来て深月に声掛けた。

わたしと深月は荷物を持ち出入り口の方へ行く。

深月を迎えに来ていたのは切れ長で陶器みたいな肌した、年下っぽい感じのする男性。

「深月の彼?」

「うん。」

深月が恥ずかしそうに言った。

深月の彼はわたしを見るとぺこりと頭を下げる。

「深月ありがとう。もういいよ、ここで分かれよ。」

「でも・・・。」

「しっかり歩いてるし大丈夫、彼と二人で帰り。

深月のラブラブ光線に当てられて帰るのはごめんやし。」


居酒屋を出ようとすると店員さんに呼び止められる。

そして手のひらサイズ小さな袋をわたしたちに持たせる。

13日、14日と女性客のみにホワイトデーのサービスとして配ってるそうだ。

20歳くらいで人懐っこい笑顔、ふんわりした天然パーマぽい髪。

どこかで見たことあるなと思ったら、

この店員さん、クリスマスの時アイスのサービスしてた人や。

深月はわたしに「またね。」というと、彼と手をつないで去っていった。

やっぱ「彼氏彼女」っていいもんだよね。



「・・・お客さん、大丈夫ですか!」

店員さんがわたしの顔を心配そうに覗き込む。

わたしは「へっ?」と気の抜けた返事してしまった。

ほほに手をやると冷たくて濡れていた。

わたし、泣いてる・・・。


酔っ払いの変人ていう称号ついちゃったから?

T女子敵に回したから?

サークルがらみの合同コンパに行けなくなったから?

篠崎さんに未練あったから?

なのに、彼女と仲直りする後押ししたから?


ううん、どれも違う。

なんか痛いんや、胸が無性に。

服から漂うビールの臭いが鼻につく。 (終)



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