運命の3月14日(1) 「相楽さん、幸せ逃げてる。」 「へっ?」 書店のバイト仲間、鈴木くんが在庫確認しながら言った。 わたしは気の抜けた返事をしてしまった。 ああ、また物思いにふけってしまっていた。 一人作業しているとふと考え込んでしまう。 「ほら、ため息、またしてた。 やった分だけ、幸福が逃げるっていうぜ。」 「あははは、そうだね、まあ、わたしの場合あんまり関係ない気もするんだけど。」 鈴木君は最近わたしによく話しかけてくる。 大学の2回生という共通項もあるせいだろうか。 「ほんと大丈夫?」 「うん、ありがとう、大丈夫だから。 それよりさっさとすませよう。」 そうそう、余計なこと考えずに仕事、仕事と。 でも、またふっと意識が違うところへ飛んでしまう。 何かとわたしにちょっかいかけてきた石本さんが、 「長期休暇とるから」と連絡してから店に顔を出さなくなって2週間以上経つ。 まあ繁雑期ではないし、店員はバイトとはいえ長くいる人たちだから、 店長が不在であってもなんとかなるけれど。 「おつかれさまでした。」 そして閉店の時間。バイト仲間たちに別れを言い書店を出る。 やっぱり夜9時すぎると商店街は静かだ。 「相楽さん待って。」 鈴木君が追いかけてきた。 「相楽さん、歩くの早いよね。」 「そうかな? 普通に歩いているつもりなんだけれど。」 わたしは歩きながら鈴木君に答える。 そういえば、似たような状況、思い出すな。 年末の仕事納めに、石本さん、走って追いかけてきて。 「・・・相楽さん、寂しい?」 「えっ?」 「なんかさ、ずっと元気ないし、石本さんが休み取ってから。」 「そ、そんなことないけど。」 思わず足が止まった。 頬がかーと熱くなったのが自分でもよく分る。 鈴木君はそんなわたしをじっと見つめる。 「俺さ、ずっと聞きたかったんだけど、 石本さんと相楽さんってつきあってる?」 「はい?」 な、なんでそうなる。確かにちょっかいかけられてはいる。 わたしが意識しまくりなのは認めるけど、 どこをどう見たらそうなるのか。 ああ、石本さんと一緒に行動することあるから、そう思われたのかも。 でもあくまで、バイトがらみでのことだし。 石本さんがわたしのことどう思ってるか分らないし・・・。 でも、ほっぺにキスされちゃったっけ・・・。 なんだか思い出しちゃった。 首の上からまた熱が上昇してきたみたい。 ひどく熱い。 「つきあってないけど・・・。」 なんでもない答えなのに。 動揺しまくって、挙動不振になってるのが自分でもよく分る。 「ふーん、ほんとに?」 鈴木君はまだ疑わしそう。 ふっと目が細くなり鈴木君の口元が上向きに歪んだ。 「まあ、いいや。 でも、今はうまくいってない感じだよね、その様子だと。」 鈴木君が近づいてくる。 「相楽さん、ほんとかわいくなったよね。 俺ずっと気になってたんだ。」 「はあ?」 わたしの気のない返事に構わず鈴木君が言った。 「ねえ、俺とつきあわない? 相楽さんにそんな顔させないし、考えてみてよ。」 (続く) |