運命の3月14日(2) わたしの頭がフリーズした。 鈴木君が妙なことを言ったような。 つきあう、つきあう、つきあう・・・。 「ごめん、却下。今からお茶に付き合うと帰る時間遅くなるし、 カラオケ、居酒屋もダメだからね。」 この答えでも間違ってないはず。 けれど鈴木君の顔は目を吊り上げぎこちない笑いを返してきた。 「相楽さん、それボケたつもり? ぜんぜん受けないんだけど。」 やっぱり、ダメでしたか。 鈴木君がわたしのことをそんな風に思ってたなんて考えてもみなかった。 話しやすいかなとは思った。 顔も悪くはないとは思う。オレンジの外灯に照らされて、 いつもは柔らかい雰囲気のする鈴木君の顔の影が濃く強調されて、 理知的でシャープな印象を添えている。 鈴木君の目がくっと細められた。 わたしの方へ近づいてくる。 わたしは距離を取ろうと後ずさりした。 なんだか得体のしれないものを感じる。 すると鈴木君がまたさら距離をつめ、わたしの左腕を掴んだ。 掴まれた辺りからぞくっと悪寒が走る。 「俺、前から好きだったんだ。相楽さんのこと。」 鈴木君の顔が近づいてくる。 「いやっ! 無理!」 わたしは空いていた右手で鈴木君の顔面を押した。 左腕を振り切るとそのまま全速力で駆け出した。 急いで駅の女子トイレへと逃げ込む。 ちらちら外を伺うと、どうやら鈴木君は後を追ってはいないようだった。 わたしは水道で手を洗った。 右手に感じた鈴木君の唇の感触が不快だ。 ほほに感じた石本さんの唇とは全然違う。 鈴木君に他意はなかったのかもしれない。 過剰すぎるわたしの反応で、気分を害したことだろう。 でもそれ以上に触られていた腕が、手のひらに触れた唇の感触が気持ち悪く怖い。 わたしの胸の中に鈴木君に対して、 また石本さんに対して、罪悪感がざわざわわく。 目にじわりと涙がにじむ。 石本さんに会いたい。 とても会いたい。 水道の水はひどく冷たく痛く感じる。 わたしは手の感覚が麻痺するまで洗い続けていた。 鈴木君と気まずく別れちゃったから、バイトで会った時どうしよう。 もっとうまく立ち回れなかったものか。 考えれば考えるほど頭がぼーっとしてくる。 水で冷やしすぎた手のひらは、今は逆に発火したように熱くなってきていた。 考えながら、ようやく見慣れた細長い3階建ての自宅にたどりつく。 そこには両親が神妙な面持ちで待ち構えていた。 いつもとは違うひしひしとした緊張感ある空気。 両親と向かい合わせでテーブルについた。 ぼーっとしていた頭が痛み出してきた。 ひどく疲れてるみたいだわたし。 「真由美、改まってなんだけど。」 父がふうと息を吸い込んでから言った。 「実はお父さんの勤めていた会社が倒産してしまった。」 ああ、やっぱり。 わたしは大して驚かなかった。 ボーナス支給されてないっていうあたりから、 どこかでそうなるじゃないかって予感みたいなものあったし。 「それって学校へ通えないってこと?」 「いや、そうではない。そうではないのだが・・・。」 お父さんが首を振る。 「会社の退職金を前借して、それで学費に当てようと考えていた。 それが出来なくなったのは事実だけれど・・・。」 お父さんは目を潤ませ、鼻をぐしゅっと鳴らす。 「真由美、決めた。 お前の若さもあるから最初は反対していた。 家も釣りあわないと知った上でそれでも是非にと言ってくれている。 学費も卒業まで出してくれると言ってくれている。 だからお父さんは寂しいが反対はしない。」 「反対? だから何を。」 「真由美の結婚だ。」 「はい!?」 何かとんでもないことが起こってる? 真由美ってわたしのことよね。 わたしが結婚、誰と? 頭の中がずくずく痛む。 くらくらしてきた。 体がひどく熱い。 わたしはそのまま気が遠くなり意識を手放してしまった。 (続く) |