運命の3月14日(3) 額にほほに、ひんやりとしたものを感じた。 うっすらと目を開く。 白い天井にピンク色の傘をかぶせた電灯。 見慣れた部屋、ここは自分の部屋だ。 わたしは自分の部屋のベッドに横たわっている。 ほほに冷えた手のひらが触れている。 石本さんの手のひらだ。 ベッドの傍らに石本さんがいて、わたしの顔を擦って心配そうに見ている。 夢見てるんだ、これは。 ずっと会いたいと思ってた石本さん。 お願いどこにも行かないで・・・。 「石本さん、ずっと側にいてください。」 わたしは布団から手を出して、顔に触れていた石本さんの手のひらに重ねた。 夢だと思うと大胆になる。 わたしに触れる手は石本さんがいい。 石本さんの顔をじっと見つめる。 「真由美。」 石本さんが低くささやくようにわたしの名前を言った。 空いてる方の手でわたしの頭を撫でる。 「真由美の方こそずっとぼくの側にいてね。」 石本さんがわたしの鼻の頭にキスを落とす。 「・・・石本さん大好き。」 「・・・真由美、お願いだから煽らないでくれるかな。」 石本さんは再び顔を近づけて、唇をわたしの唇に重ねる。 ああ、わたし夢の中でキスしちゃってる。 すごくリアルな感触。 柔らかくて、石本さんの息遣い、髪のシャンプーの匂いまでもほのかに感じる。 「あらあら、石本さん、何やってるんですか。」 母の呆れたような声がした。 石本さんがわたしから離れ、ばつが悪そうに俯いた。 「まあ、分らなくもないですけれど、家の中で大胆なことはしないでくださいね。 主人が気分損ねますので。」 「わかっています、お義母さん。」 わたしはぼんやり二人のやり取りを聞いていたけれど。 あれ? まさか? 「ええーっ!」 思わずベッドから上半身を起こした。 お父さんたちの話を聞いてそれからどうしたのか。 どのくらい時間がたったのか。 自分の体を見回す。 わたしはいつのまにやらパジャマに着替えている。 全然その後の記憶がない。 石本さんと母は最初、わたしの様子にびっくりしていた。 しかし、あたふたするわたしを見て、石本さんがいたずらっぽくクスリと笑った。 「もしかして寝ぼけてた? 昨日から半日ずっと眠っていたんだよ。」 「そうよ。 真由美ったら『石本さん』って何度も言うから、来てもらったじゃないの。」 「なんで、お母さんが石本さんの連絡先知ってるの。」 「何でって当たり前じゃない。 真由美の彼氏でしょ、結婚前提にした。」 「結婚前提の彼氏?!」 「お母さん、真由美はまだ調子がよくないようですから、 ぼくが様子をみてますので。」 石本さんがわたしを遮った。 「くれぐれも大胆なことしないでくださいね。」と母は念を押してから部屋を出た。 「石本さんとわたし、結婚するんですか?」 「そうだよ。」 昨夜の両親の話、石本さんの長期休暇の理由。 すべてはその準備のためだと言った。 怒りがどんどん増してくる。 「わたしの気持ちはどうなるんですか。 無視して話進めていいんですか。」 「気持ちはさっき聞いたよ。」 石本さんがベッドにひざをつき、わたしの方ににじり寄ってくる。 「そ、それは・・・。」 ぼっとわたしの体が火照る。 ああ、夢だと思って告白してしまっていた。 しかもキスまで。 わたしのファーストキス・・・。 「素直な真由美も意地っ張りな真由美も、動揺しまくっている真由美も。」 石本さんが愛しそうにわたしを見ている。 「どんな真由美もかわいい。」 石本さんの顔の真剣な顔。 すごくきれいだなと思う。 胸の奥がうずく。 石本さん蟻地獄は健在です。強烈です。完敗です。 わたしは吸い寄せられるように彼の胸に顔を埋めた。 「・・・もういいです、大事にしてください。」 消え入りそうな声でそう言うと、石本さんは固くわたしを抱きしめてきた。 (続く) |