inserted by FC2 system
ミッション14


「ちょっと、やめてよ。恥ずかしいじゃない。」

部展の打ち上げ会が終わった後、

駅前まで迎えに来ていた哲哉が大声でわたしの名前を呼んでいる。

わたしは風花と並んで歩いていた。

夜9時すぎているとはいえ、駅前はそれなりに人通りがある。

哲哉はわたしが文句を言っても悪びれる様子はない。

手を掴むと引っ張って先へ歩こうとする。

「またね。」とわたしは風花に別れを告げた。

哲哉は後ろを振り返り何かを確認してから、ふうとため息をつく。

「・・・なんだ、あいつ。春美の友だちの方のか。」

哲哉がさっき見ていた方を見る。

遠目に風花がスーツ姿の男の人と話ししているのが見えた。

ああ、部展に来ていた下畑さんという人だっけ。

「哲哉、あの人と何かあったの?」

「いや、あったっていう訳じゃないけど、その勘違いして・・・。」

「睨みつけてやった。」と、ぼそりと哲哉は言う。

哲哉の勘違い、スーツ姿の男、

下畑さんがわたしを目当てに待ち伏せしていると思い込んだよう。

どこをどう見たらそう思うのかな。

その思考にちょっとびっくり。

「・・・分るでしょ? あの人は彼女に惚れてるから。」

しかし風花って何気にモテてる。

地味で目立たない風花。

でもよく見ると、顔はお人形さんみたいに愛くるしいし、

小柄でもそれなりにめりはりのある体つきをしている。

目立たない分、彼女のかわいらしい魅力に気づかされ嵌るって感じなのかな。


「・・・迎えに来てくれてありがとう。」

あらたまって哲哉に礼を言う。

打ち上げ会、

サークルの付き合いもあるからと承知する代わりに迎えに来てくれた哲哉。

お互いを名前で呼び合うようになって、

以前と哲哉との関係が変わらないようでも、少しは変化しているのかな。

手は、哲哉に繋がれたままになっているし。

哲哉にわたしの気持ちも、まだ言葉にしていない。

もちろん哲哉も、わたしのことをどう思っているのか、

はっきりと聞いてはいない。

明日の14日、会う約束もしていない。

ホワイトデーだからこそ、お返しを催促しているみたいになるからと、

哲哉の予定をどうしても聞けなかった。

哲哉もそのことに触れないから、スルーなのかな。

まあバレンタインは、友チョコって言って渡したから、

意識もされてないかもだけれど。


家の前まで哲哉は送ってくれた。

やっぱり明日の話は出ない。

バイバイって、いつものように手を振って分かれたけど、

寂しく思う自分がいる。



翌日14日。

わたし以外の家族は、朝からお出かけだ。

母は父と一緒に夫婦水入らずで日帰りのツアーに行ったし、

姉は彼と一緒にホワイトデーデートに行った。

一人家にいるわたし。

人がいないとかなり静かだ。

時間たつのも遅く感じられるし、すごく退屈。


テーブルの上に置いた携帯からメールの着信を告げる音が鳴った。

確認すると哲哉からだ。


『えー、こちらT。

ミッション開始です。

ある日のことTが大事な物を忘れました。

探してあげましょう。

ヒントは『郵便受けに、ある。』

なお、このメールは自動的には消えません。

返信にも答えません。

検討を祈る。』


わたしは思わず吹き出した。

何これ。

某スパイのマネごと?


『ラジャー』


と短い返信をしてさっそく郵便受けを確認しに行く。

封のしていない茶封筒がひとつあった。

中を開けるとメモ用紙が一枚入っていて、


『児童公園入り口赤、い自動販売機の下。』


と書かれている。


結構大掛かりみたい? 

そういえば哲哉、スパイとか推理ものとか好きだったっけ。

あいつはスパイのボスみたいな心境で、

わたしがミッションこなすの待っているんだろうな。

ほんと、子どもみたい。

ううん、わたしも子どもだけれど。

とてもおもしろそうだもの、スパイごっこ。

哲哉とこんな遊びしたことなかったものね。

小学校での遊びもみんなと一緒にドッチボールが中心だったし。

しかし、この文、読点が変な位置についている。


わたしは外に出た。

自転車を走らせ公園へ向かう。

公園の入り口に自転車を停めた。

指定された自動販売機の下の隙間をしゃがんで覗く。

そこにも茶封筒があった。

わたしはそれを引っ張り出した。


『ブランコに一番近いベンチのい、しの下』


また変なところに読点がある。

今度はブランコ近くのベンチね。

わたしはメモに指定された場所へと歩く。

ベンチの下を見ると、

こぶし大ほどの大きさの石の下に、例の茶封筒があった。


『残念フリダシに戻り郵便受けの中を見、て。』


わたしはぷっと吹き出した。

封筒を仕掛けている哲哉の姿を想像したらおかしくて、かわいくて。

ちゃんとわたしが封筒を見つけているからいいものの、

誰かに拾われるとか、

風に飛ばされてしまうとか、考えなかったんだろうか。

読点、やっぱり変な所に。

暗号かな。

でもどう読むんだろう。

今までのと合わせて読点の前後の言葉をつなげても、

特に意味ある言葉とも思えないけど・・・。


わたしは自転車を走らせ家に戻った。

郵便受けを覗くと、

そこにはペーパーのレースでラッピングされたかわいい包みと茶封筒があった。

茶封筒を覗くとメモがあり、

そこには『、る』と読点とひらがなが一文字書いてあるだけだった。


わたしはメモをしばらく見ていたけれど、

今度は哲哉の家の方向に自転車を走らせた。

哲哉がわたしの家の郵便受けに投函したばかりだったら、

ひょっとしたら追いつけるかも。

追いつけなくても会いたい。


不自然な読点の暗号。

メモにある読点の後ろのひらがなを繋げると、


『いしてる』


それだけでは意味をなさないけれど、

哲哉からはじめに携帯に送られてきた

『』内の文にある読点の後ろにあるひらがなを加えると、


『あいしてる』



哲哉はすぐに見つかった。

わたしの家から十数メートル離れた十字路に自転車を止め、

携帯を覗き込んでいる。

わたしは哲哉の名前を呼んだ。

哲哉はびっくりしたようだ。顔をすぐ上げる。

上げた顔は真っ赤だ。

「ありがとう、郵便受け見てきたよ、これでミッション完了?」

「お、おう。」

「・・・メッセージも解いたから。」

わたしも哲哉に負けないくらい赤い顔になっていると思う。

自転車を止め哲哉の側に行く。

深呼吸してから哲哉の上着の袖を持った。

「・・・わたしも同じ気持ちだから、メモの言葉と。」

そう言うので精一杯だった。


哲哉は赤い顔のまま嬉しそうに笑った。 (終)



他の人のホワイトデーを見る真由美沙織深月風花

春美の他の話を見てみるクリスマス姉の成人式バレンタイン1年後のクリスマス

番外編、さくらんぼ(春美編)

トップ



ホームへ