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義姉(1)


1、
俺は志望していたK大法学部に合格した。


高校も卒業、4月の入学式まで長い休みに入っている。

俺はその休みを、自宅でのんびりと過ごしていた。


のんびりも大学が始まるまでだ。

大学が始まれば勉強三昧の日々になるだろう。

今度は司法試験合格を目標にするのだから。


家にいるとついつい深月の部屋の前に行ってしまう。

ノックはしない。

深月は、サークル引退を目前にしていて、

最後の部展に参加するため大学に絵を描きに行っている。

いないのは分かっていた。

ドアの前に立ち手のひらをあて、彼女の代わりにと撫でる。



『交際は認めるが、キスはダメ、手を繋ぐだけ。』

という、一昨年、くそ親父、もとい義父とした約束がある。

その約束事はまだ無効とされていない。


親父との約束ごとも、言葉の取りようによっては「抜け道」がある。

手を繋ぐ場所イコール、手が触れる場所。

親父はその場所をきちんと限定しなかった。

ダメだと言ったのはキス、唇が触れること、抱き合うこと。

その条件を総合的に解釈すると、抱き合うことさえしなければ、

手は唇以外のどの場所に触れてもよいということになる。

言葉をつきつめれば、「入れる」というキーワードを禁じた言葉は言われていない。


以前、深月にその「抜け道」を伝えた。

けれど実行は、まだしていない。


しょせんは「抜け道」、いわゆる屁理屈。

深月に手を出し(言葉通りに口では触れず)性的な欲求を満たし、

それが親父に知れてしまった時、今まで通りに済ませられるわけがない。


何よりも深月を傷つけるまねはしたくはなかった。


深月は俺にとって何よりも大事だから。


ただ、いつまでもこのままにはしておかない。

親父と話をつける。


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実父と母は俺が小2の頃、離婚した。

正直、俺はショックだった。

実父と母は、多少の口げんかはしていた。

当時住んでいたマンションにも、あまり帰って来てはいなかった。


しかし、実父はそれなりには俺をかわいがってくれていた。

たまにではあるが、俺を連れ出し、一緒に出かけたりしていたからだ。


なのになぜお父さんは家を出て行った?

俺の前からいなくなる?


その問いを母に聞きたかった。

でも言えなかった。


「おとうさん」という言葉を口にすると、母の顔色がたちまち変わるからだ。

俺を視線を拒んで目を逸らす。


俺は言いたいことも言えず、ひたすら悲しい思いを胸の中に押し込めた。



母はもともとパートに出て昼間働いていたけれど、夜も働くようになった。

俺は小学校が終わると、学童保育に行き、

そこも5時を回るとひとり家に帰り、母の帰りを待っていた。


初めは長時間、家に一人残されるのは不安だし寂しかった。

何よりも電灯の消えた部屋は圧迫感がある。


しかし一人で長く過ごすうちに悟った。


何も期待しない、何も望まない。

あきらめろ。


あきれめれば、感情も波立たない。

平静でいられる。

寂しさもなくなる。


俺は「あきらめること」を覚えた。

「あきらめた」上での人との関わり方も。

良好な関係を築けたとても、いつかその関係は壊れてしまう。

人はしょせん自分だけ、一人きりなのだ。


そうして冷めた目で母たちや同級生を見るようになった。



俺が深月と初めて顔を合わせたのは小5の時だ。

市外にあるレストランに、仕事が休みだった母に連れられ行った。

そこで俺の、新しい家族になる人、深月と親父に引き合わされた。

深月は俺より三つ上、当時は中学2年生。

私服姿の彼女は、ずいぶん大人びて見えた。


「よろしく、聡くん。」

俺に笑顔を向ける深月の目は暖かかった。


俺たちは食事を終えると、森林公園へと向かった。


俺はやはり冷めていた。

もちろん新しい父や姉ができることに反対している訳ではない。

ただ、他人事のように新しく家族になろうとする人たちを見ていただけだ。


人との関係をあきらめていた俺は、それ以上のことを望まなかった。

だから、聞かれたこと以上のことを話さず受身でいた。


親父はそんな俺の様子を気にすることなく話していた。

暑苦しい男と俺は思った。

深月も、よく俺に話かけてくる。

しまいには俺の手を取り繋いできた。

「せっかく公園に来たのだから遊ぼう」と、俺の手を引き歩き出した。

この女はおせっかい。

でも不思議と悪い気持ちはしなかった。



深月は俺を大きな滑り台へと導いた。


もう滑り台を滑って、手放しで喜ぶ年ではない。

そういう自覚があるものの、にこにこ笑う深月の手前、不承のまま滑り台に上った。

彼女も俺の後から上る。

おいおい。

幼稚園や小学生の子が滑ってる所に混じって、大人みたいな中学生が滑るのか?

それって恥ずかしくないんかい?

と突っ込みたかったが、あえて止めておいた。


深月は無邪気に滑った。

そしてよく笑った。


変な女。

俺も釣られて笑った。


それから何度も滑り台に上っては滑り下りた。


俺は久しぶりに子どもらしいことをしたなと思った。 (続く)



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