義姉(5) やがて、深月は大学、俺は高校生になった。 深月の進学した大学は、女子大だった。 周りが女子だらけだから、一安心とはいかなかった。 深月は美術サークルに入った。 絵好きの深月らしかったけれど、俺は気が気じゃなかった。 サークルは他大学との交流があり、合同展だとか、飲み会だとかで、 男性との接触があるからだ。 深月は、高校の時と雰囲気自体は変わっていない。 おせっかい度が低くはなったが。 化粧もほとんどしていなくて、リップクリームを塗る程度だけれど、艶やかな唇はきれいだ。 高校生の時とは違う、落ち着きと女らしさ。 けれど、俺に対するよそよそしさは変わらなかった。 なのに、サークルの付き合いは優先させる深月。 俺は深月に男として認めてもらうため、ずっと努力していた。 俺をもっと見て・・・。 俺は我慢できなくなった。 2年に上がった冬休み前に、深月の部屋へ意を決して行った。 俺は告白した。 深月は俺の告白を驚いて聞いていた。 ただ初めは、年上だから、とか、義理の弟だから、 とか、否定的なことを言っていたけれど、結局は受け入れてくれた。 しかし、深月は恋愛になると臆病になるみたいだ。 だからこそ、これまでつきあう相手がいなかったのかも知れないが。 いや、そんな相手は俺が排除してやるけれどな。 深月は恋愛初心者。 俺も恋愛初心者。 この日に、初めて深月の唇にキスをした。 唇だけを重ねるキス。 軽く触れただけなのに、唇にぴりぴりと電流が走った。 深月の柔らかく、リップクリームで濡れている唇。 そのリップクリームの匂いだろうか。 甘いフルーツの香りがして・・・。 俺は唇を離しては、またキスを繰り返した。 蕩けそう。 言いようのない心地だ。 この時は二人の関係をオープンにしようと思っていなかった。 親父が深月を溺愛してるのはよく分かっていたし。 まあ俺も傍から見れば、溺愛、どっぷりシスコンかましていただろうけれど・・・。 深月自身も両親に知られることにとまどいがあるようだった。 俺にも迷いがあった。 義理の姉弟の交際を、認めてくれるかどうか不安が拭えなかったから。 俺は一時、学校へ通えなかったことがある。 過去とはいえ、精神面の弱さを晒した俺を親父たちが認めるのかどうか。 結局、親父たちに知られることになってしまった。 俺の不安は杞憂に終わったけれど、 代わりにあの「深月とは手を繋ぐだけ」という約束をした。 この頃には、俺は深月と深いキスをするようになっていて、 その先に進もうかと、思っていた時だった。 俺だって男だ。 好きな女を前にして、欲情しないはずがない。 けれど、耐えた。 深月の何気ない仕草に表情に、すぐにでもたぎってしまう熱を逸らし抑えた。 我ながらよくやったと思う。 しかし、もうぎりぎり、限界だ。 *************************************************************************** 俺は顔を上げ、真正面から親父の顔を見る。 できるだけ言葉を選び切り出した。 「親父、俺は親父からみたら、まだ保護のいる子どもだろうか?」 親父はまじまじと俺を見る。 口を一文字に結び、いつになく真剣な面持ちだ。 何を言うのか察しているのだろうか。 俺は親父にかまわず言葉を続けた。 「前にも、深月のことお願いした。結局、条件つきで認めてくれたけれど。 あの時、俺は高2、まだ将来の目標もしっかり定まっていなかった。 子どもだからと、条件を飲んだけれど今は違う。 深月は就職活動をする年、やがて社会に出て行く。 俺は大学生、将来の設計も固まりつつある。 そりゃ、成人とかまだしていないし、人としてもまだまだだ。 けれど、俺たちのことは、俺たちに任せてほしい。」 俺は親父に懇願した。 「・・・ふん、いっちょまえの口ききよって。」 親父が眉を顰めた。 強い口調で俺に言った。 「ようはあれだろ? 約束は無しにしろって言いたいんだよな?」 俺は返事に詰まった。 穏便に話そうと思ってたのに、この親父は。 ずばりそのものを聞いてくる。 違うとも言えない。 親父の問うていること、そのままが俺の本音の解答なのだから。 すっかり見透かされてしまってる。 こうなりゃあれだ、ぶっちゃけトークだ。 「ああ、そうだ。あの約束、無しにして欲しい。」 「無しにして、何か? 深月に手を出したい、そういうことだな?」 言いにくいことを、どこまで聞くのかこの親父は。 その親父の顔はあくまで真剣。 ひどく激昂しているわけでもなく、面白がっている風でもない。 いったい俺に何を言わせたい? このまま話していてもいいのか? ああ、でもこの親父の性格考えると、 下手な言い訳よりも本音で訴えた方が伝わりやすい? 「そうだ。深月にキスしたいし、その先もしたい。俺も男だし。」 「ふん、そうか。」 親父が俺から目をそらした。 俺は答えを間違えた? 俺の背筋がぴんと伸び、緊張感が走る。 親父はしばらくそのまま動かなかった。 遠くを見るように、目の焦点を合わせないまま、ぽつりと言った。 「・・・聡は今18才だったよな。」 「ああ、来年は19だ。」 「・・・そうか、もうそんな年なんだな。」 親父がふうとため息ついた。 「俺が初体験したのは17才の時だ。」 親父が唐突に言い出した。 だから何? まだ、初体験の初の字もしていない俺に、自慢したいわけ? 俺は思わず顰めっ面になった。 「聡が性に関心持たない方がおかしいんだよな。 ああ、けれど複雑。」 親父は言いながら項垂れた。 「俺は、深月の親であるとともに聡の親でもあるんだからな。」 好きにすればいい。 親父は一旦目を瞑ってから言い放った。 「と、いうか、聡は真面目だよな。 親の約束って、たいてい守ってる振りして守らないものだと思うが? 約束って破るためにあるもんじゃないのか?」 ずっと守ってるとは思ってなかったぞ? と、俺の神経を逆なでることを言い出した。 じゃあ、約束なんぞ気にしなくて良かったのかよ! 破ってもいいだなんて、俺も深月も(いや特に俺)何のために耐えてきたんだよ! くそー、俺と深月の過ごせるはずだった甘い時間を返せ! 思わず親父を睨んでしまった。 親父はそんな俺の視線をもろともせず言った。 「いいや、むしろ逆、おおいに気にしろ。 なんなら今もずっと気にして守ってくれた方が俺的にはいい。」 なんでやねんと叫ぶ俺に、親父は、俺の頭をくしゃりしてとひと撫でしてきた。 「・・・はああ、しかしやっぱり複雑。」 親父は再び項垂れた。 「お母さんに慰めてもらおう。」など、親父は口の中で何やらぶつぶつ言っていた。 (続く) |