さくらんぼ(風花編) あ、さくらんぼの缶詰・・・。 わたしの足が止まった。 わたしは篤志さんと一緒にスーパーに来ていた。 篤志さんは一人暮らしをしている。 あのクリスマスの日から、お出かけした後で篤志さんの家に行くことがお決まりになっていた。 今日は篤志さんの家で夕飯を作る。 その買出しにスーパーへ来た。 篤志さんもお料理できるから、実際は一緒にキッチンに立って作ることになるんだろうけど。 メニューはおでん風の煮物。 篤志さんに煮物を食べてもらうのは初めてだ。 だからちょっと不安。 わたしが作る家の味が、篤志さんの口に合うか分からないから。 でも和菓子とか、外で食べる料理とかは好みが似ているから、 大丈夫かなとも思うのだけれど。 少しでも煮込んで味を染み込ませた方がいいからと、買出しは2時すぎ、日の高いうちに来た。 そこで通りがかった缶詰のコーナー。 以前に、春美ちゃんから聞いたこと。 『さくらんぼの軸で結び目作れるとキスがうまくなるって言うよ?』 その話が頭をよぎってしまった。 さくらんぼの結び目作り、そういえば小学校で流行っていた。 給食に蜜豆があった時とかに、さくらんぼの軸でいっせいに結び目作ってたっけ。 わたしは上手くできなかったけれど、気にしなかった。 たわいもない小学生の時の遊びだったし。 でも、わたしがうとかっただけで、みんな知ってたのかな? さくらんぼの結び目の意味。 「どうした? 風花?」 動こうとしないわたしに、籠を持ち一足先を歩いていた篤志さんが振り向く。 わたしの側に来ると視線をたどって、「ああ」と納得したように頷いた。 「結び目作れるとキスがうまいって言うよね?」 「気になる?」と、篤志さんが耳元でいうものだから、思わず頬が熱くなってしまった。 「篤志さんは作れるの?」 「一応。」 「そうなんだ、わたしは小学校の頃にやってみたことあったけどできなかった。」 篤志さんの口元がふっと緩んだ。 「それはともかくも、おやつに買おうか? これ。」 篤志さんはそう言うと、迷うことなくさくらんぼ缶を手に取り籠に入れた。 篤志さんの家での夕飯。 篤志さんは、「おいしい。」とわたしが味付けした煮物を食べてくれた。 こうやってテーブルを挟んで向かい合わせになってご飯を食べていると、 篤志さんのお嫁さんになった気分になる。 食後のデザートとしてさくらんぼ缶を開けた。 「久しぶりに作ってみようかな。」 篤志さんは、にんまりとわたしに笑いかけながら、結び目のできた軸を舌から取り出した。 篤志さんの指につままれた結び目。 唾液に塗れたその軸は、どこか艶っぽい。 見ているのがなんだか恥ずかしくなって、わたしは俯いた。 「・・・あの、わたしもやってみる。」 さくらんぼを食べた後、軸を口の中に入れてみた。 舌で押したり、歯をたてて齧ったり、もごもごさせて、 口の中であちらこちらと移動する軸を追いかけた。 でも、やっぱり結び目はできない。 「難しいね、結ぶのって。」 わたしは舌からよれてしまった軸を出し、テーブルの上に置いた。 直に舌に触ったから、指先が少し濡れている。 篤志さんはそんなわたしの様子をじっと見ていた。 「風花、それ反則・・・。」 「えっ?」 不意に篤志さんの目に熱が篭る。 手が伸びてきて、よれた軸を持っていた方の手を掴まれた。 引き寄せられて、指を篤志さんの口に含まれた。 篤志さんの舌がわたしの指を舐めている。 くすぐったいけど舌の熱さが気持ちいい。 わたしは目を閉じてその熱を感じていた。 「・・・だめだよ、目を閉じたりなんかしたら・・・。」 濡れた指にひんやりした外気を感じた。 篤志さんはわたしの指から口を離したようだ。 「食べられちゃうよ?」 熱い息が唇にかかった。 いつの間にやら、篤志さんはわたしの座っている椅子に回りこんでいて、 唇に噛み付くようなキスをされた。 そして両腕でわたしをかかえると寝室に向かった。 ひとしきりの熱に襲われた後、わたしはまだその余韻に浸っていた。 くったりとベッドに横たわっていた。 「顔が真っ赤、風花の方がさくらんぼみたい。」 隣にいる篤志さんが、わたしの頬より幾分か冷えたてのひらで何度も撫でていく。 「・・・さくらんぼのお代わり。」 そい言うと、深く深く口付けさた。 わたしはまた篤志さんの熱の中へ溶かされていった。 (終) |