クリスマスはきらい? 好き? わたしはげんなりしていた。 家中、甘ったるいバニラエッセンスの香りが充満している。 1つ上の大学2回生になる姉がケーキ作りに奮闘しているからだ。 姉はクリスマスを、彼氏宅で祝うという。 そのために自らお手製のケーキを持参するのだという。 およそ1週間くらい前から、残念すぎるケーキを毎日焼いている。 その努力だけは見上げたものだけれど・・・。 「ああ、まただめだわ、これじゃ。」 べったりと萎んだ4号サイズのスポンジの生地を前にして、姉がうなだれる。 「計量とかちゃんとやってる?」 「うん、それなりに・・・。」 それなりですか。 それってイコールいい加減ということですね、という言葉を言いかけて飲み込んだ。 失敗といえど、ケーキは食べるもの。 粗末にしてはならない、残してはもったいないと、 きつくしつけられたせいもあり、いやいやながらも姉のケーキを口した。 これ、また夕飯の代わりになっちゃう。 母にも文句を言いたい。 もともと、料理好きじゃない母は、これ幸いと姉にキッチンを占領させている。 いい加減にこのケーキの嵐から開放されたい。 普通の晩ご飯が食べたい、切にそう思う。 でも、幸せそうだな・・・。 彼がいる人ってやっぱりいいよね。 イブにはサークルのコンパがある。 風花が参加するから、わたしも行くことにした。 幸せな姉のこと、ちょっと忘れていたいし、他大学の人も参加するこのコンパ、 チャンスがあるかもしれないし。 イブの前日、23日。 姉は相変わらずケーキを焼いている。 休日なこともあり朝からだ。 ほんとよくやるよ、まったく。 いくつ焼いたら気が済むねん・・・。 そう思ってると、インターホンが鳴った。 母の主婦仲間の吉森さんだ。 インターホンごしにそう名前を言った。 母は玄関へ向かうと、さっそく井戸端会議している。 それからしばらくした後、母が箱を提げて戻ってきた。 「なんか会社の方で多量に発注しすぎて余ったらしく、 ただだからもらってと言われ、ことわりきれなかった。えへっ。」 4号サイズのクリスマスケーキを居間のテーブルの上に置く。 「ええええっ!」 (「えへっ」と笑ってる場合じゃないよ、お母さん。) (そりゃ、売られてるケーキといえど、今の家の有様見れば断れなかったの?) (おねえが作ってるスポンジ、3つ丸々あるんだよ!) ため息しか出やしない。 でもね、こちらの都合に関係なく、重なるときってあるものよね・・・。 休日にもかかわらず、またお客が来た。 これも母に来たお客様で、小学6年の時同級生だった辻本くんのお母さん。 辻本くんのお母さんは保険の外交をしていて、お母さんはその顧客の一人。 月に一度は家に来る。 そのせいもあって辻本くんとは大学は違ったけれど、メールや電話でやりとりしている。 辻本くんのおかあさんは、日ごろ世話になってる感謝のしるしにと、 ケーキ(5号サイズ)を持ってきた。 「・・・もうどうしろというのよ、これ・・・。」 「そりゃ、食べるでしょう? 春美ちゃん、えへっ。」 (いい年して、上目使いでわたしを見るな、母よ。) しばらく経つとまたインターホンが鳴った。 今度は、祖母だった。 手にケーキ。(4号サイズ)を持っている。 わたしたちの手土産にと、奮発して買ったのだと言う。 居間のテーブルに置かれていた、他の人からもらったケーキを急いで隠して、祖母を通し話する。 これでケーキ6個目だ。 祖母が帰ると、姉はまたキッチンでケーキ作りを再開しはじめた。 (もらったケーキ持っていけばいいのに、なぜにそこまでこだわる、おねえ。) (女心というものですか。) その晩またお客が来た。 今度は父の上司。 父とうまが合うのか、休日に家に来ることもあるんだけれど、例によって、ケーキ(4号サイズ)持参。 ・・・もう、やめて・・・。 ・・・箱を見るだけでお腹いっぱい。 正直なところ、妄想の世界で、ホールのケーキ1個丸々食べたいと思ったことがあった。 あったけれど、もういらない。 でも、でも、食べ物だから、粗末にはできない。 わたしはただただ、出されたケーキを胃に活をいれつつ、食べ続けた。 ケーキ8個(姉はその後1個作ったところでやめた)のうち、5個を家族で食べ終えた。 早々とギブアップした家族たちを尻目に、最終的にはほとんどをわたしが食べたような・・・。 24日コンパ当日、胃が朝から重くて辛かった。 ケーキはまだ3個残ってる。 もうこれ以上増えないで・・・。 しかし姉はまた、ケーキを焼いている・・・。 ああ、案の定、失敗した。 よせばいいのにもう1度作り直して、出来の良い方を彼のところに持って行くという。 もう、勝手にやってちょうだいな。 胃拡張も最大限、わたしの機嫌も最大値に悪化。 ゲップとともに胃酸が喉にあがってきている。 わたしは携帯を取って、風花に電話した。 「・・・ごめん、きょうのコンパ行くのやめる。」 胃がギブです・・・。 夕方、携帯に辻本くんから電話があった。 わたしは、思わずこれまでのことを辻本くんに話した。 『・・・さんざんだな、お前。』 携帯ごしに、辻本くんのケタケタ笑う声がする。 『・・・でもさ、棚瀬がコンパ行かなくてよかった。』 辻本くんがしみじみとした声で言う。 わたしの胸がどくんと鳴る。 えっ? それって・・・。 『なーんて、言って欲しかった? 言うわけないだろ、俺が。』 そうよね、ああ、わたしってば、何を期待しているんだか。 『じゃあ、気持ち悪くて、何も食えない状態なんだよな。』 「うん、もう無理・・・。」 『そうかあ、今から10分したら玄関の外まで出られる?』 「たぶん、出られると思うけれど・・・?」 わたしは言われた通りに玄関から外に出た。 外は雪こそないけれどかなり冷えている。 やがて自転車に乗った辻本くんがこちらに向かっているのが見えた。 暗闇の中で街灯に照らされた辻本くんの顔は、幾分赤らんで見える。 「ほい、俺からお見舞い。」 近所にある薬局の名前が入った紙袋をわたしに渡す。 「中は胃薬だよ、お前の腹痛の原因、お袋にもあるからさあ。」 「ありがとう。」 「早く治せよな。」 そう言いながら、辻本くんは去っていった。 わたしは家に戻り包みを開ける。 中には箱が二つ。 胃薬と、サファイアのピアス。 あいつってば・・・。 ピアスを取って早速付けてみる。 ほほの熱さが耳たぶにも伝染したよう。 かっかと火照ってきた。 辻本くんに電話掛けよう、なんて言えばいいのだろう。 クリスマスケーキはきらいになりそうだけど、クリスマスの日そのものはちょっと好きかも・・・。 (終) |