ある日の休日


1月学校が始まってすぐの3連休。

正直、冬休みの間に狂ってしまった体内時計からなかなか抜け切れないわたしにとっては、

ほっとする休みではある。

でもさすがに3日も続くと、たいくつになってくる。

わたしは身なりを整え、出かける準備をしていた。

「風花? どこかへ行くのか?」

自室を出ると、兄と顔を合わせた。

「うん、画材屋さん覗いてくる。」

「ふーん。そうか・・・。」

「おにいちゃん、わたしが部屋にいないからって、勝手に入らないでよね。」


念のために兄に釘を挿して置く。

兄が勝手にわたしの机を物色して絵を持ち出したことは記憶に新しい。

思い出すだけでもムッとする。


「ああ、分ってるよ。」

ってほんとにわかってるの?

わたしにも、プライバシーってものがあるんだから。



よく行く画材屋へは電車を利用する。

市の中心、地下街にある大きな画材屋。

わたしの家からだとそこそこの距離がある。

でも近所にいい画材屋はないのでよく利用していた。


今日は特に何かを買うというわけではないが、

画材屋にあるいろいろなもの、とくに絵の具を眺めるのが好きだった。

ひとくくりに青とか赤とかいってみても、

絵の具ではそれぞれ微妙な色の差があり、

それを見ているだけでも幸せな気分になる。

以前日文の友人にそのことを話したら、変人扱いされてしまったけれど・・・。


「あれ、風花ちゃんじゃない?」

地下街を歩いていると、聞き覚えのある声に呼び止められた。

声のする方を見ると下畑さんが立っていた。

下畑さんは、ジーンズに黒のシャツでくだけた感じに装っていた。

そういえば会う時は兄と一緒の会社帰りだったからスーツ姿で、

こういう格好しているのは初めて見たかも。


「こんにちは、下畑さんもお買い物ですか?」

「ああ、ぼくは本屋にね。」

下畑さんは手に提げた紙袋を示した。

ここまで車で来たという。

「風花ちゃんは、画材屋?」

「はい、そうです。」

「そうなんだ、まだ時間あるかな? 

お団子食べない? 甘味のおいしい店があるけれど。

こないだのお詫びもあるし・・・。」

お団子! 甘味ということは抹茶もあるってことかしら。

「行きます」と二つ返事で下畑さんについて行った。


地下街から地上へ出て駐車場に止めてあった車に乗った。

7−8分先のところにあるという和菓子屋へ向かった。

初めて、家族以外の男の人が運転する車の助手席に座ったのでひどく緊張した。

店に入って席についたところで、ようやく緊張から開放された。

そしてふと思った。

下畑さん、なんでわたしに画材屋さんや和菓子屋さんのことを言ってきたのか。

市内で画材屋へよく行く、甘味が好きだとか、

わたしはこれまで下畑さんとそんな話したことないのに・・・。


「ああ、そんなこと? お兄さんが言ってたよ。」

わたしが尋ねると下畑さんはそう答えた。

おにいちゃんわたしのこと何か言ってるんだ。

納得だけど、余計なこと言ってやしないでしょうね。


「ほんと風花ちゃんがいて良かった。

この店前から目をつけてたんだけど敷居が高くって。」

「えっ?」

「ぼくも実は甘味好きなんだけど、なかなか男だけだと入り辛いだろう? 

こういうお店。」

「確かに。」

わたしたちはお互い吹き出した。

店内は圧倒的に女性の客。

確かに男性は入り辛そう。


笑っているうちに、

頼んでいたみたらし団子とお抹茶のセットがテーブルに運ばれてきた。

いただきますと手を合わせてさっそく団子を口に運ぶ。

甘辛いたれが団子のもちっとした弾力と合っていてすごくおいしい。

抹茶の苦さも団子のたれの甘みを引き立てている。

「おいしそうに食べるよね。」

下畑さんが感心して言った。

下畑さんの方こそおいしそうに食べてますってば。

ほんとうに好きなんですね。


そう思って言うと、通路を挟んだ隣の席に、振袖を着た女性二人が座った。

「・・・成人式帰りかな?」

「そうですよね、着物って服と違って、しわのより方が違いますよね。

直線に近い緩めのカーブ、平面に厚みを持たせてるというか。

色もきれいですよね、何混ぜれば近くなるかな、

バーミリオンは基本で・・・。」

「はい? 風花ちゃん?」

はっと我に返った。

会話がかみ合ってない。

思わず振袖を描くときのことを考えてしまっていた。


「ご、ごめんなさい。」

下畑さんが愉快そうにぷっと吹き出した。

「・・・風花ちゃん、面白い。」

ああ、兄が言わなくとも、いやもう言った後かもだけれど、

わたしの変人ぶりしっかりバレてしまいましたね・・・。



帰りも車で下畑さんに送ってもらった。

下畑さんの車の中、和菓子屋さんに行ったときのような緊張感はなくて、

和やか空気の中、話できた。


「ぼくは一人っ子だから、兄弟っていいなと思うよ。

もし妹がいたらこんな感じなのかなって。」

下畑さんはわたしの顔をちらりと見て言った。

「あっ、それっていいですね。

わたしのおにいさんも下畑さんみたいな人だったら良かったのに。」

下畑さんを兄の位置にすげかえ想像してみた。

うんうん、絶対いい。

下畑さんだと、勝手に妹の部屋に入ったり秘密を暴露するマネはしないだろうし。

と、思っていると、下畑さんが正面を向いたまま、目を丸く見開いている。

それから素に戻るとふっと微笑んだ。


自宅の前で車が止まった。

下畑さんはわたしの髪に手を伸ばす。

そしてゆっくり髪を自分の指にからめた。

「またね、風花ちゃん。」

そう言って下畑さんはわたしを車から降ろすと行ってしまった。

行った後でわたしははっと気づいた。

わたしもしかして、告白まがいなこと言ってない?

いいや、仮定の話をしただけだから、下畑さんも深く考えないって。

きっと考えていないってば・・・。 (終)



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