inserted by FC2 system
Ave Maria


明日、24日金曜日、譲さんとの結婚式だ。

それと同時に24日はわたしの21歳の誕生日でもある。


自宅ですごす最後の日、わたしは居間のソファに、テーブルを挟んで両親と差し向かえて座っていた。

お父さん、お母さんは黙ったまま俯いている。

テーブルの上には印鑑と通帳。

わたしがこれまでのバイトで稼いできた預金だ。

「気使わなくていいんやで、真由美。」

お父さんが低い声で言った。

「ううん、そんなん言わんと受け取って?」

両親は経済的なこと、わたしに悟られないようにしてるつもりだったけれど、

無理しているなっていうのはよく分っていたし。

だから返そう、ずっとそう思ってた。


両親には感謝してる。

感謝してもしつくせないくらい。

ここまでよう大きしてくれたと思う。

学校にもよう通わせてくれたと思う。

お父さんたちがわたしを今まで慈しんで育ててくれたこと、

こんなものじゃ、全然代わりにもならないけれど。


お父さんはじっとわたしの目を見る。

「・・・ほんまに大きいなったんやな。」

小さな声でぽつりと呟いた。

「いつまでも小さい子どもやないし。」

「このお金は大事に持って行き、持参金にしたらいい。」

「でも・・・。」

「でもやない、水臭いで真由美。気持ちだけで十分や。

親いうもんは子どもが笑って大きくなっていく姿見てるだけで、

それまでの苦労とか十分返してもらってるんや。

それよりも譲君のこと考えたり。

彼はいろいろよくしてくれている。

だから彼との未来につこたらいい。」

「お父さん。」


ありがとう。

お父さんたちの娘に生まれてきてよかったと思う。




夜も10時を回った。

わたしはベッドに横たわった。


この部屋で眠るのも今日まで。

明日式場に行くとここには戻らない。


一見部屋は変わってないように思うけれど、机の引き出し、クローゼットの中はスカスカ、

その中身は新居になる予定のマンションに移動済みだ。

式が終われば旅行の後、新居での生活が始まる。


物心ついた時に、あてがわれたこの部屋。

白いと思っていた天井も隅っこに黒ずみがあったり、ピンク色の電灯も黄ばみがある。

十分に時が経っていることを感じさせた。

その年数分、自分の居場所としての安心感がある。

ここはわたしの基地だった。


譲さんと住む予定のマンションは今年建てられたばかりのもので新しい。

これからは今いるこの部屋よりも、長い時間を過ごすことになるのだろう。


譲さんとの生活に不安感がないとはいえない。

けれどこの部屋みたいに、二人にとって拠り所となる基地になればいいな。





翌日24日、結婚式当日。

朝は目覚ましなくても自然と起きられた。

ちょっと緊張してるのかも。

式場には準備もあるから早めに行かなければと、手早く支度した。

式場に着くと髪を整えられ、ドレスを着て、化粧を施される。

それなりに時間に余裕をみて行われているはずだったけれど、時が経つのが早い。

チャペルで譲さんと差し向かい、神父さんを前に夫婦として誓いを立てた。

わたしたちは、これで夫婦となった。


披露宴には沙織が来てくれていた。

学籍番号とか近いわけでもなかったのに、なぜか気が会ってよく話した。

花嫁のブーケトス受け取ったのは沙織じゃなかったけど、自力で幸せ掴む予感がする。

沙織は、1年前の今頃とは違って、落ち着いたお姉さんぽくなってきている。

沙織は気がついてないみたいだけれど、

披露宴でも譲さんの友人たちがちらちら沙織の方を見ていたし、モテ期到来?


式、披露宴が終わり、二次会も終わった。

わたしたちは式を挙げた同じホテルの一室にいる。

ここで一泊したあと、新婚旅行へ行く。

いわゆる初夜だ。

譲さんは風呂場にいる。

わたしはその前にお風呂を済ませてバスローブ姿でいた。

こういう時ってどうすればよいのか分らない。

譲さんとはそういう機会? 

いわゆる男と女のそういう雰囲気になりそうなこともあったけれど胸を触られる程度だった。

まさに初めての夜である。

なるようになるもんかな、こういうことって。


そう思いながら、窓から外を眺めていた。

墨のように広がる夜空の下、ビルの窓の明り、道路を照らす外灯、

眼下に道路を走る車の明り、街路樹に飾られたクリスマスのイルミネーション。

きらきらしていてきれい。

目を凝らして見ていると、空からちらちらと何かが降ってきた。


「真由美」

声と同時にわたしの腰を抱くように譲さんの腕が巻きつく。

わたしの胸の鼓動がどくんとした。

お風呂上がってたんだ、譲さん。


「・・・外、雪が降ってるよ。ホワイトクリスマスだね、なんか感動する。」

「そうだね。」


耳に譲さんの息がかかる。

譲さんもバスローブ着ている。

フローラルなシャンプーの匂い。

わたしも同じ匂いがしているのかな?


「あ、あのね、わたし12月24日って嫌いだったんだ。

誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントも一緒。

なんか損した気分にならない? 

でもね、今は違うよ。

24日に結婚記念日っていう特別のものが加わったもの。

でも結婚式って結構疲れるものよね、

それに出された食事、やっぱり食べられなかったし。

ああ、食べたかったよ、フィレ肉。

結婚式は1回だけで済ますものよね、うんうん。

あははは、結婚式何遍もしてたら変やけど・・・。」


何をべらべら話しているのやら。

色気もっそっけもないわたし。

支離滅裂だし。

譲さんがくすくす笑っているのが耳元で聞こえる。


「真由美、肩に力入ってる、緊張してるんだ。」

譲さんの唇が耳に触れたと思うと甘噛みされた。

耳が譲さんの熱を感じてる。

くすぐったくて熱い。

「真由美、一生大事にするから・・・。」

譲さんの唇は耳から首、そして鎖骨へと移ってきた。

わたしはその熱に溶かされながらも「わたしも。」と言葉を返した。 (終)



他の人の1年後のクリスマスを見る。深月春美風花沙織

真由美の他の話を見てみる。クリスマス年末年始成人式バレンタインホワイトデー

番外編、彼女の肖像

トップ



ホームへ