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成人式での誓い


「ああ、深月ちゃん、その着物とてもよく似合ってるわ。」

お義母さんが、感嘆の声を上げた。

美容院の大きな鏡の中で、紫色の振袖を着て髪をアップにした見慣れない自分の姿があった。

今日は成人式。

午後1時から町のホールで記念式典が開かれる。

わたしはそれに合わせて、午前10時には近所の美容院で着付けを終え、

すでに準備は万端だ。


美容院を出るとひとまず自宅に向かう。

日ごろ着付けないせいもあり、草履はひどく歩きにくいし、

胸の下で締め上げられた袋帯の圧迫感が苦しい。

これから式典が終わるまで着物を脱ぐことができないと思うと、

わずか1時間弱で終わる式典な割りに大げさなものだと感じる。

でも一生に一度のことなんだよね。

そんなことを考えているうちに自宅に着いた。


聡くんとお父さんが玄関で出迎える。

聡くんはジーンズに黒のシャツ、その上にダウンのジャケットを羽織り、出かける気満々の格好だ。

わたしを見るなり眩しそうに目を細めた。

わたしの義理の弟で、彼でもある聡くん。

「義姉ちゃん、きれいだ・・・。」

聡くんは家族の前では『おとうと』モードだ。

『おとうと』モードの時の聡くんはわたしのことを『ねえちゃん』と呼ぶ。

聡くんはさっそく写メやデジカメで写真を撮りだす。

「・・・ほんとにつくづく大きくなったものだなあ。」

お父さんは目を潤ませながらじっとわたしを見ている。

「・・・あらあら、今からそんなんじゃ、深月ちゃんがお嫁に行くとき大変よね。」

お義母さんがあきれて言った。

「嫁などそんじょそこらの男には許さん!」

「嫁だなんて他の男はありえない!」

二人はほぼ同時に叫んだ。

わたしはちょっとおもはゆい思いがした。


ホールまで一緒に行くという聡くんは言い張った。

わたしは彼を言い聞かせて、なんとか一人でタクシーに乗り込む。

見送るお父さんお義母さんの後ろで、聡くんはぷいとわたしから顔を背ける。

置いていってほんとにごめん、あなたを成人式に連れて行きたくないから・・・。

だってね。


ホールに着き、振袖姿の同い年の女の子たちを見やる。

思った通りだった。

艶やかな振袖にばっちり施された化粧。

どの子たちも魅惑的できれい。

着物の襟元からのぞくうなじの白さや色香に、女ながらもわたしもくらつく。

こんなのとても聡くんに見せたくない。

聡くんが他の女性を見てほほを染めている図なんて想像するだけでもいやだ。

ああ、でも、今見なくても、聡くんが自分の成人式を迎えたら、

同年の女の子たちのこの姿を見るのよね。

それもすごくいや・・・。

暗い思いに頭を垂れる。

つくづくわたしは心が狭い・・・。


式典は滞りなく進んだ。

ニュースでよくやる成人の乱闘なんていう事件もなく、

およそ1時間もかからないうちに終わった。


結局のところ成人式ってなんだろうね。

式自体は町内の町長さんやら町会の会長さんやら、えらい人の話を聞いて、記念品をもらうだけなので、

畏まってはいるけれど内容的には全校集会?と大差ない気がする。

でも成人式は何かの通過点なのは確かなのだろう・・・。


「高野さんじゃない?」

黒のコートを着た男性が近づいてくる。

「わからない、ぼくだよ、ぼく、中3の時学級委員一緒にした・・・。」

「ええと、川瀬くんだっけ、久しぶりだよね。」

「うんうん、久しぶり。」

川瀬くんの雰囲気は変わっている。

黒のコートのせいだけではない。

茶色に染めた髪、

コンタクトにしたのか学生のときの眼鏡姿ではなく、切れ長の涼しげな目を惜しげもなく晒している。

身長も高い、180センチ以上はあるだろうか・・・。

「・・・2組の子たちが集まってね、これから同窓会でもやろうかなんて。

高野さんもどう?」

川瀬くんの示す方を見ると、10数人ほど見知った顔がなにやら談笑している。

懐かしいなと思いながらも、わたしの答えは決まっていた。

「ううん、自宅に戻ることになってるから・・・。」

「自宅? 何か予定でもあるの?」

「ええ、義弟とゲームする約束が・・・。」

「おとうと? ははは。」

川瀬くんが笑い出した。

「弟って却下。高野さん、ブラコン? 

卒業するためにもね、ぼくたちと行こうよ。」

違うの、『おとうと』と言っても聡くんは・・・。


言い返そうとしたとき「深月」と聞き覚えのある声がした。

「聡くん!」

いつの間に来たのだろうか、

『深月』と呼ぶ、彼モードの入った聡くんがわたしの後ろにいた。

聡くんは厳しい目でわたしたちを見やる。

わたしと川瀬くんの間に入ると川瀬くんの方を向き、

目は鋭いままも表情だけは人懐っこい笑みを浮かべて言った。

「『おとうと』の聡です。深月がお世話になりました。

どうぞお気遣いなく、このまま連れて帰りますので。」

「行こう」とわたしの右手を取ると、自分の指をからませ貝殻合わせに手をつなぐ。

そして川瀬くんの方に再び顔を向けて言った。

「あ、ちなみに『おとうと』といっても血は繋がっていないので。

深月に用事があれば俺を通してからにしてくださいね。」

川瀬くんはあっけにとられた顔をしてこくんとうなづいた。


「深月、俺に何か言うことない?」

歩きんがら聡くんが怒気を含んだ声で低く言った。

「・・・ごめんね、結局来たんだね・・・。」

「うん、来て良かったよ、ほんとに。

で、深月、俺が来るの嫌がった理由って、他の男と会うため?」

聡くんはつないでいる手を痛いくらいにきつく握った。

「・・・違う・・・。」

わたしはその理由を言うのがためらわれた。

でも、言わなければ伝わらないかも・・・。

ぽつりぽつり聡くんに話してみる。

聡くんは目を丸くしながら、ふっと口の端に笑みを浮かべる。

しかしその笑みはすぐに引っ込み、代わりに不満の表情を見せた。

「ばかだよね、深月は。

俺が何年深月のこと見てると思ってるんだよ。」

「・・・ごめん。」

「俺の方こそ・・・。」

繋いでいる手を聡くんは自分の口元に寄せる。

「こんなにきれいな深月を、よその男なんかに見られたくないんだから・・・。」

聡くんの唇が触れている手の甲が熱い。


聡くんもそうなんだ。

両思いになってからの日はまだ浅いけれど、ずっとわたしのことを見ていてくれた聡くん。

わたしは自分のことでいっぱいで、聡くんがどう思うかよく考えてはいなかった。

聡くんは迷いのない視線でわたしを見つめ続ける。


「・・・聡くん。」

わたしは聡くんの澄んだ茶色の瞳を見ながら言った。

「聡くん、いつも心配かけてごめんね。

聡くんは真剣にわたしのこと考えてくれているのに。

成人式といっても、わたし自身劇的に変わっちゃう訳じゃない。

変化ってあんまりないかもだけど、聡くんのこと今まで以上に考えたい。

聡くんが一番幸せな気持ちになれるように考えさせてね。

わたし、独占欲に固まっちゃってみっともないことするかもだけど、

聡くんのこと一番に考えたいから、

これからも・・・。」

「・・・深月、それ俺も一緒だから。」

聡くんはほほを染め、はにかんだ笑顔になった。 (終)



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