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バレンタインは甘く優しく


「行ってくるね。」

「いってらっしゃい、気をつけて。」


2月をすぎ大学も休みに入った。

わたしは毎朝、義弟である聡を高校へ送り出す。

なんだか新婚さんになったみたい。

隣にお義母さんがいるけれども・・・。


「・・・ほんとにあなたたち仲が良いわね。」

お義母さんが感心して言う。

お義母さんたちはまだ知らない。

わたしと聡が、彼、彼女の関係であることを。



聡を送り出したあと、3月中ごろから始まる部展の絵の制作へと大学に向かう。

美術サークルは基本として部活の曜日は定まってはいない。

もちろん、部室へ行かずに自宅のみで制作してもよい。

わたしが描くのは30号キャンバスの油絵。

家で描くには場所を取るので学校へ通って描いていた。

わたしはたいてい午前中に絵を描きに来ている。

同じ学校に絵を描きに来ている人に1回生の風花がいる。

しかし彼女と部室で顔を合わすことはない。

時間をずらしていけば会うのだろうけれど、

絵の制作中一人でいる方が集中して描けるので、ずらす気は全然ないのだけれど。


何気に部室に立てかけられた風花の油絵を見る。

色といいデッサン力といい、つくづく見とれてしまう絵だと思う。

美術サークルは趣味で描くのがスタンスのサークルだから、

交流している大学の部展を見に行っても、

少し絵を描くことに慣れた素人が描く程度の絵が大半である。

そんな中でも「美大クラス」と思われる絵を描く人が少数ではあるがいた。

風花の絵はその「美大クラス」の絵だ。

風花は1回途中からの入部なので部展もこれが初めて。

サークルの作品の目玉になるだろう。


そう思いながら、自分の絵に向かう。

わたしには下手であっても、わたしなりの絵がある。

30号に描きかけの絵の題材は義弟とわたしの出会った頃のもの。

森林公園へ遊びに行った頃の写真を元にキャンバスに描いてみた。

中3のわたしと小学6年の聡くん。


何人もの家族づれの人たちの片隅に、それをたたずみ見ている影が二つ。


聡くんの当時のことを思うと、ほんとに変わったと思う。

身長はわたしよりも低かったのに、ぐっと高くなり、

体つきも細身ながらも骨太くがっしりとしてきて男らしくなった。


たくましくなった聡くん。


1時間ほどキャンパスに向かってから絵の方は小休止。

絵の具を片付けると、

手提げの紙袋から濃い目のグレー色した網掛けのマフラーを取り出す。


もうすぐバレンタインが来る。

聡くんがわたしの彼となってから初めて迎えるバレンタイン。

それまでお父さんと同じチョコを渡していたけれど、今年は違う。

わたしは聡くんに手編みのマフラーを作っている。

喜んでくれるかな。

編み棒を動かしながら、聡くんを思うとほほが熱くなってくる。



わたしは学校の帰り、市内にでてデパートの地下売り場へ行ってみた。

いろんな洋菓子のテナントが並ぶ中、

陳列されているお菓子の中心にあるのはバレンタインのチョコレート。

見ているだけで幸せな気分だ。

クマの形をしたかわいいものや、味で勝負のシンプルな形の生チョコなどさまざま。


「え? 深月?」

聞き覚えのある声がした。

顔を上げると、チョコレートが積まれた特売のワゴンの向こう側に、

白いエプロンにバンダナを巻いた沙織がいた。

「沙織! ここでアルバイトなの?」

「見ての通り。彼のために見に来たん?」

「ええ。」

沙織に聡くんのこと言ったことはなかったけれど、態度で彼がいることわかっていたみたい。

ちょっと照れくさくなる。


わたしは散々迷ったけれど、

聡くんには黒の細長い箱がセンスよくラッピングされているミルクチョコを、

お父さんにはウィスキーボンボンの入ったシンプルなラッピングのチョコを選んで買った。



2月14日のバレンタインは日曜日。

休日なので、朝はみんなのんびりしている。

お父さんにいたってはまだ寝ているみたい。

チョコはお昼すぎでもいいかな。

聡くんの方は・・・。


わたしは聡くんの部屋の前へ行った。

ドアに耳をあてるとかさこそ音がする。

「聡くん、入っていい?」

と、聡くんの了解を取ってから部屋に入った。

聡くんは机に向かって勉強していた。

わたしが部屋に入るとうれしそうにわたしを見上げる。

「わあ、深月ありがとう。」

わたしからのマフラーとチョコ受け取るとまぶしいくらいの笑顔になった。

マフラーを首に巻きほほを赤くしている。

チョコの箱を開けるなり、

「ねえ、食べさせて?」

ここぞとばかりわたしに甘えてくる。

照れくさかったけれど、言われるままに箱からチョコを摘んで、

聡くんの口の中に入れた。


「とっても甘くておいしい、深月もどうぞ。」

と言うなり聡くんの顔がゆっくりわたしの顔に近づいて来た。

聡くんの唇がわたしの唇に触れそうになったとき、ドアの開く音がした。

顔を離してドアの方を見ると険しい顔をしたお父さんが立っていた。


「深月、聡、どういうことだ。」

つっけんどんにお父さんは言う。

「お父さん、ごめんなさい。わたし、聡くんのことが好き。」

と言ったわたしの言葉に聡くんの言葉が重なる。

「お義父さん、ぼくは深月と男として付き合っています。

ぼくは高校生だけれど真剣です。

今のぼくには深月を養える力はないけれど、結婚前提でつきあいたいです。

そのためにもやるべきことはちゃんとします。

どうか許してください。」

床に正座して頭をつけた。


お父さんはそんな聡くんを見てから、急に声をたてて笑い出した。

「・・・ああ、やっぱり俺が惚れた女の息子だよな。

いいよ、聡。深月とのことは許すから。

しかし、深月に惚れてるなんて、お前、なかなか目が高い。」

「お父さん。ありがとう。」

わたしは胸がいっぱいになる。

聡くんを見ると聡くんもわたしを見ていた。

聡くんは両手を広げわたしを抱きしめようとしたとき、

お父さんが近寄ってそれを阻む。

「おっと、許したからとはいえ、ルールがあるぞ。

いいか? 結婚するまでは手をつなぐだけだ。

チューもいかん。

いいな、守れよな。

守れなかったらどうなるか分るよな、聡、深月。」

「・・・くそ親父、すでに済んでる場合は・・・。」

「何か言ったか? 聡?」

「・・・いいえ、わかりました。お父さん。」

お父さんは上機嫌にうんうんと頷いているけれど、聡くんの顔はむくれていた。



聡くんとわたしのことは、お義母さんにもお父さんからすぐに伝えられるだろうし、

これで親公認なったんだよね。


とってもうれしいし幸せ。 (終)



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