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浩にいの成人式



今日は1月の第2月曜日。

わたしにとっては連休の1日でしかないけれど、

浩にいにとっては20歳の成人式の日にあたる。

女の子だったら振袖着て着飾ったりするんだけれど、男の人も特別な格好するのかな?

休日の朝なのに、なんとなく早く目覚めてしまった。

居間の窓から、時々お隣の浩にいの家の様子を伺う。


「千鶴、お使い頼んでもいいかな?」

おかあさんが声をかけてきた。

「これ、隣の浩樹くんに渡してくれる? 成人式のお祝い。」

ポチ袋をわたしに持たせる。

「分った、行ってくるね。」

わたしはすぐに浩にいの家へと向かう。


「いらっしゃい。」と浩にいのおばさんは笑顔で出迎えてくれた。

「浩樹はすぐ来ると思うけれどちょっと待ってね。」

おばさんはわたしを居間の方へと招く。

おじさんが一人用のソファに座ってテレビを見ていた。

「こんにちは、おじさん。」

「やあ、いらっしゃい、千鶴ちゃん。」

浩にいの部屋で待つんじゃないんだと思いながら、

おじさんの向かい側にあるソファに座った。

「あのね、おじさん、おかあさんから浩にいのお祝い言付かってて、

おめでとうございます。」

ちょっと迷ったんだけれど、おじさんにお祝いのポチ袋を差し出した。

「ああ、なんだか気を使わせて悪いよね。

ちょうどいい、本人に渡してくれるかな?」

おじさんが居間の入り口の方へ目をやった。

そこに浩にいが立っていた。

浩にいはグレーのスーツを着ていた。

白のワイシャツに、グレーと白、赤の3色が入ったストライプのネクタイ。

染めてないさらさらの髪はそのままなんだけれど、

スーツのせいなのかいつもの浩にいではなくて、大人の男性が立っている。


「・・・ちー? どこか変かな?」

浩にいが照れくさそうに俯いた。

わたしったら、ついつい浩にいに見とれてしまってた。

「・・・ううん。すごく似合ってる。おめでとうね、浩にい。」

おかあさんからと言い添えてポチ袋を渡した。

わたしの顔はきっと真っ赤だったに違いない。

体中ぼーっと熱くなってたから・・・。


「ちーは、これから出かける予定ないよね」

「うん、一応受験生なんだし・・・。」

「じゃあ、受験の気晴らしに一緒に行く? 成人式。」

「えっ?」

「おばさんの了解とって来よう。」

浩にいはわたしの腕を取ると、行ってきますと玄関を出る。

おかあさんは二つ返事で浩にいと出かけることを承諾した。


「浩にい、式にはまだ時間あるかな。」

「うん? まだ少しは・・・。」

「じゃあ、ちょっと待っててね。着替えてくる。」

浩にいを玄関で待たせて、あわてて自室に戻る。

クローゼットから、白のお気に入りのワンピースを取り出す。

スーツ姿の浩にいに少しでもつりあう格好をしなきゃ。

唇には薄いピンク色が入ったリップクリームを塗った。


成人式の会場は少し離れた区の会館。

浩にいの自転車の荷台に乗せてもらい向かう。

「・・・ねえ、ほんとに入って大丈夫?」

「うん、ちー、会館への出入りは自由なんだから。」

でも、わたしは新成人じゃないんだよ。


会場につくと振袖を着た女性に目がいく。

浩にいと同じ年の女の人たち。

そのうちの一人、赤い振袖の人が浩にいの姿を見つけて挨拶してきた。

アップにした髪にしっかりメイクした顔、振袖と同じ赤い口紅の色が色っぽい。

甘い香水の匂いが漂ってくる

自分の唇につけたピンク色のリップが「子ども」の証明である気がして、

無性に悲しい。


「ちー、大丈夫、気分悪くなった?」

「ううん、そんなことない。」

いけない、浩にいの成人式なんだもの。

暗い顔しちゃだめ、心配かけるなんて論外。

わたしは笑顔を作って浩にいに向ける。

「・・・そうかな、ぼくはちょっと悪いかな。」

「え?」

「香水の匂いって苦手。」

わたしは浩にいの顔を思わず見つめる。

「それ面と向かって言っちゃだめだよ、失礼だから。」

「分ってるよ・・・。」

浩にいはちろりと舌を出し、いたずらっ子のような顔をした。


式は滞りなく進んだ。

区長や町会長さんたちのお話の最中、眠くなってきたけれどがまんした。

役員の人たちの話が済むとビンゴ大会に移った。

ビンゴは会場にいる人みんなに配られていて、わたしも参加できた。

ビンゴはわたしも浩にいも外れた。

「まあ、受験本番に運がつくっていう合図だよ。」

そう言いながら浩にいはわたしの頭を撫でた。

なぐさめてるつもりなのかな?

ビンゴに当たらなくてショック受けるほど落ち込んでないし、子どもでもないんだよ。

浩にいにすれば、妹をあやしているみたい?

でも浩にいの気遣いは素直にうれしいかな。


会場を出るとき、浩にいは呼び止められた。

また、あの赤い振袖の人だ。

浩にいは立ち止まりその人と話す。

同窓会のお誘いだ。

浩にいは断るとわたしに行こうと目配せした。

女の人を見るとわたしをじっと睨んでいる。

わたしはおずおずと浩にいに尋ねた。

「ねえ、同窓会、ほんとに行かなくてよかったの?」

「うん、ぼくは人が集まっての飲み会って苦手だからね。」

「・・・でも。」

浩にいはなんだかんだ言ってもわたしとは5歳年齢が違う。

この年齢の差分、浩にいには浩にいなりの付き合いがあるはずだ。

わたしが一緒にいることで遠慮させてしまったのではないかと思ってしまう。

「あのね、ちー、ぼくが都合悪いと思うことは、ちゃんとその時に言うから、

変に気を回さないこと。」

「はい。」

「いい返事だ、よろしい。」

浩にいはまたわたしの頭を撫でる。


帰りも来たときと同じように浩にいの自転車に乗せてもらう。

成人式自体は1時間もかからなかった。

でも浩にい、大人の仲間入りなんだよね。

すでに20歳になってだいぶたってるから、

お酒やタバコは自由、

ちょっと前にあった衆議院選挙にも行ったはず。

ただでさえ5歳の開きがあるのに、目の前にある広い背中が遠くに感じる。


「浩にい、あのね。」

「うん? 何? ちー。」

「わたしがんばるからね、勉強がんばって志望している高校に行くから。」

「うんうん、ぼくも手伝うよ、これまで通りに教えるから。」

「はい、お願いします・・・。」

お願いします。

わたしが高校生になり、大人になり、一人前の女性と認められた時に。

その時には浩にいの隣に「小さな女の子」や「妹」の立場ではなくて

「彼女」としていられますようにと。

そのためにも一生懸命自分のやるべきことをがんばるから。

浩にい、できればそれまで待っていてね。


わたしはその思いを心にしまい、浩にいの背中にそっとほほをくっつけてみた。



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