２月に入り私学の入試の合否も発表された。
公立の前期試験を受ける人以外はぴりぴり感もなくて、
どちらかといえば浮き足立っている感じだ。
それはバレンタインデーが近いせい。
今年のバレンタインは日曜日になる。
だからその前の金曜日、２月１２日が勝負だと友人たちは気負い込んでいた。
わたしは、チョコは浩にいに思っていたから、
時間的にはまだ余裕はあるけれど・・・。
わたしはバレンタインに小学校の頃から、毎年浩にいにチョコを渡している。
渡すのが当たり前みたいな恒例行事になっちゃっている気がする。
浩にいは「ありがとう」って笑顔で受け取ってくれているけれど、
それを特別のこととは思っていないんじゃないかな。
そう思うと悲しくなる。
義理とかでチョコ持っていっているわけではないから。
だから今年は手作りのチョコにしてみた。
手作りといっても、板チョコを湯煎で溶かして冷やす。
少し固まった頃に型押しでハートや星の形にしたものをビンに詰め、
ラッピングしたシンプルなもの。
部屋にチョコを入れた包みを持って行き、机の上に置いて眺める。
あとは浩にいに渡すだけ。
また、あのうれしそうな顔をして受け取ってくれるといいんだけれど。
１４日はちゃんと家にいるかな。
大学はお休みに入っていたし、行って待ちぼうけは寂しいかも。
去年の時はどうしてたかな。
待ちぼうけに合った覚えはないから、
すぐに受け取ってもらえたんだと思うけれど・・・。
渡す時のことを思うと今からどきどきする。
チョコを前に悶々といろいろ考える。
考えていても仕方のないことなんだけれどね。
そうしている間に１４日バレンタイン当日。
よく行く浩にいの家だけれど、いつも以上に緊張する。
わたしはお昼ご飯を食べた後で、チョコを持って家を出た。
玄関に出ると、浩にいの家の前に女の人がいた。
どこかで見覚えのある顔。
そうだ、成人式の時の赤い振袖の人だ。
その人もわたしのことに気づいたようだ。
にっこりと笑いかけてくる。
「浩樹くんに用事？ 彼は留守のようよ。」
「そうですか・・・。」
「あら、チョコレート、手作り？ かわいいことするのね。」
ふふ、と彼女がわたしの手元を見ながら鼻で笑った。
彼女は一粒４００円ほどするチョコで有名な店のロゴの入った袋をさげている。
わたしはぐっと奥歯を噛みしめる。
ふつふつと暗い思いがこみ上げてくる。
でもそれを顔に出さないようにしながら彼女にぺこりと頭を下げた。
そして自宅に戻る。
ドアを閉めた途端その場に座り込んだ。
浩にい、帰って来たらあのチョコを受け取るのだろうか。
うれしそうな顔を彼女に向けて・・・。
「千鶴、浩樹くんから電話かかってるわよ。」
おかあさんの呼ぶ声に我に返った。
あわてて電話に出る。
『ちー。ごめんね。』
声のトーンを落とした浩にいの声がした。
「ううん、どうしたの？」
『家の方に来てただろ？ 居留守していたから。』
「えっ？」
『いや、家の前にまだいるだろ？ 成人式のときに偶然会った同級生。』
「・・・うん。」
『まいったよな。チョコは受け取とらないからと断ったのに、家にまで来て。』
彼女のチョコを受け取らないんだ。
わたしは彼女に悪いと思いながらうれしい気持ちが抑えられなかった。
『ちー、どうした？』
ああ、返事をしないわたしを浩にいが心配している。
「ううん、ごめんなさい。わたしつくづく嫌な子だなと思って。」
『なんで？』
浩にいに今のこの気持ちを言ったら嫌われそう・・・。
『・・・ぼくはね、好きな子からのものしか受けとらないから、
変に期待させちゃだめだろう？』
好きな子？ わたしは妹のようなものだから対象外で受け取ってもらえたのかな。
『・・・ちー、また電話するから、その時は遠慮しないでおいで。
ちーからのチョコいつも楽しみにしているんだからね。』
それから１時間ほどたって、再び浩にいから電話があった。
わたしは再び浩にいの家へと向かう。
「ちー、ごめんよ、チョコありがとう。」
浩にいはうれしそうな顔をしてわたしのチョコを受け取った。
ううん、ごめんなさいはわたしなの。
こんな、こんなみっともない思いを持っているわたしなの。
彼女のチョコを断ってくれたのはとてもうれしい。
わたしの持ってきたチョコを前に、うれしそうな顔をしている浩にい。
すごく、すごくうれしい。
でも、あの同級生の人と比べている自分がいる。
かわいそうだなと思いながら彼女に対して優越感を持っている自分がいる。
すごく、すごく醜い自分。
気づいてしまった。
「ちー？」
わたしはぽろぽろ涙をこぼしていた。
こんな醜いわたしが浩にいを好きでいていいんだろうか。
「ああ、そんなに彼女に出くわしたことが嫌だったんだね。ほんとにごめん。」
「ち、違うの。浩にいどうか嫌わないでね。」
浩にいが困惑した顔をしている。
わたしは浩にいの思っているような妹ではないの。
胸の中には醜くてどろどろした汚いものを持ってるの。
でも、お願い嫌わないでね。
こんなわたしが浩にいのことを好きであることをどうか許してください。
浩にいの両手がわたしの肩を掴んだ。
引き寄せるとわたしが泣き止むまで抱きしめていてくれた。
「ちー、さっそくだけど、いっしょに食べよう？」
浩にいはラッピングを解いて、びんからはハートの形をしたチョコを摘んだ。
「はい、口を開けて。」と言うとわたしの口元に持ってくる。
わたしは言われるままに口を大きく開けた。
口の中にチョコレートが解けていく。
それは甘くてほんのちょっぴり苦かった。
