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バレンタインに偲ぶ想いを



ちーがぼくにチョコレートを初めてくれたのはぼくが小学校6年生、

彼女が小学校1年の時。

もちろん母以外からチョコをもらったのは初めてのことだった。

はにかんだ笑顔を向けて差し出してくれたのはハートの形をした板上のミルクチョコ。

とてもうれしかった。

ぼくはチョコの包みを開けていると、

彼女の喉がこくんと唾を飲み、上下に動いるのが目に留まった。

ああ、チョコレート食べたいのかな。

ぼくは迷わずチョコをパキンと折るとちーの口に運んだ。

ぼくの手からぱくりとチョコを口にした彼女は、

雛鳥が親から餌をもらっているようで、とてもかわいらしかった。


それから毎年、バレンタインにちーはぼくにチョコレートをくれる。

ちーは成長するにつれてチョコを欲しがってる様子は見えなくなったけれど、

それでもぼくは毎回彼女の口にチョコを運んだ。


彼女はいつまでぼくにチョコを渡してくれるのだろうか。

たとえ特別な意味がなかったとしても、ぼくはずっとそのチョコを受け取り続けたい。



2月13日、バレンタインの前日、電話があった。

成人式のとき、偶然あった同級生からだった。

明日、受け取って欲しいものがあるから時間を作って会って欲しいというものだった。

ぼくは即座に断った。

14日のバレンタインの日に受け取ってもらいたいもの、

といえばチョコレートのことだと想像がつく。

断りを入れたにも関わらず、彼女は尚もくいさがる。

しかしぼくが全然その意思がないことを分かってくれて電話を切ってくれた。

もういい加減あきらめてくれただろう、そう思っていたのだけれど・・・。



翌日、インターホンが鳴り、ちーが来たのかと玄関に向かった。

ふっと胸騒ぎがしてドアの覗き穴から外を見た。

あの同級生が立っている。

ぼくはとっさに居留守を決め込んだ。

ああ、あきらめてくれているものと思ったのに。


ちらちら覗き穴から様子を伺う。

ふと見るとちーがいた。

あの女となにやら話ししていた。

ちーは表情を出さないようにしているけれどぼくにはわかる。

今にも泣き出しそうだ。


ぼくは玄関から一端離れ、ちーの家に電話した。


「ちー。ごめんね。」

『ううん、どうしたの?』

ちーの声は元気がない。

『ううん、ごめんなさい。わたしってつくづく嫌な子だなと思って。』


何をそんなに落ち込んでいるんだ?

ちっとも嫌な子じゃないよ、ちーは。


「・・・ぼくはね、好きな子からのものしか受け取らないから、

変に期待させちゃだめだろう?」

電話だと、面と向かって言えないこともすらすらと出てくる。

ぼくはほんとうにちーのことでいっぱいなのだから。



1時間後にようやく同級生がぼくの家の前からいなくなった。

ぼくはさっそくちーを家に呼ぶ。

ちーはチョコをぼくに差し出した。

彼女の手作りだ。

ぼくはその場で小躍りしたくなった。

だけどちーは顔をどんどん曇らせていく。

ついには大きな目からぽろぽろ涙があふれ出した。


「・・・浩にいどうか嫌わないでね。」

たどたどしく言葉を口に出す。

出てくる言葉を繋ぎあわせると、

ちーはどうやらあの同級生に嫉妬していたようだった。

「汚い」だなんて、そんなことちっとも気にならないのに。

ぼくが嫌いになるわけがないじゃないか。


思わず彼女の肩を掴み引き寄せて抱きしめてしまった。

彼女が泣き止むまでずっとそのままでいた。

ちーは泣き止むと、ちょっと罰の悪そうな顔をした。


ぼくは彼女からもらったチョコの包みを開けハート型のチョコを摘み、

彼女の口へと運ぶ。

そして次にぼくは星型のチョコを摘んで自分の口に入れた。

甘くてほんの少しほろ苦いチョコ。


ぼくの方こそどうか嫌わないで欲しい。

優しい隣のお兄さんを演じながら、心の中に荒ぶる、熱を持った情念があることを。

抱きしめていたとき感じた、ちーの体の柔らかさと温もりが、

こうして距離を置いてみてもぼくの体からは消えない。



千鶴側から見たバレンタインバレンタインに想いを乗せて

番外編、5年前のバレンタイン

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