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さくらんぼ(春美編)


「あーあ、ついに買っちゃったよ。」


わたしの机の前にでんと控えているのはさくらんぼの缶詰。

少し自己嫌悪に陥っている。



『軸に結び目つくれるとキスがうまくなる。』


と、哲哉が言っていた言葉が、どうにも気になっちゃって。


実際、哲哉のキス気持ちいい。

今までキスなんてしたことない(お母さんにされたのをカウントに入れなければ)

とはいえ、ディープキスがどんなことをするのか、

それなりには理解してたけど。


唇を舐め口腔を蹂躙する哲哉の舌。

舐められ、絡まり、啜られて・・・。



きゃーーーーー。



ってあかん。

その先まで思い出すな。

恥ずかしい、ばか、ばか、ばか。




うん、クールダウンだよ、自分。


いや、それよりも目の前のこのさくらんぼ缶。

通りかかったコンビニで、ついつい衝動買いしてしまった。


うーん、この時点で冷静装っても無理?


いえいえ、これは単なる好奇心よ。

キスとは関係ないんだから。

さくらんぼで結び目作るって、ちょっと面白そうじゃない?


でも、どうやって結び目を作るのか。


哲哉に聞く・・・、のは恥ずかしすぎるから却下。

これはgoogleで検索が基本よね?


わたしは傍らにあるノートパソコンを缶詰の隣に置き、電源を入れた。

『さくらんぼ キス 結び目』の言葉を入れて、検索開始。

キス、を検索ワードに入れたのは、そうしたら検索、絞りやすいかなって。

決して、キスの練習とかそうではなく・・・。


googleはものの数秒で検索結果をはじき出した。


おお、結構あるある。


わたしは検索結果を斜め読みして、適当にクリックをしてみた。


開いたのは、大手サイトの質問のコーナーだった。

こういうところでも、さくらんぼの結び目の質問あるんだ。


解答欄までスクロールバーを下げてチェックする。


ほうほう。

軸で輪を作り、(ちょうどαみたいな形?)

歯に引っ掛けて舌で押し込む?


文字で見ると簡単そうに思えるけど、実際どうなんだろう・・・。


それにしても、さくらんぼの質問思ったよりある。

わたし同様、「どうやったら結べるか。」とか「ほんとにキスがうまいの?」

とか、さくらんぼを気にする人がいっぱいいる。

この題材で小説まであった。

一次小説、二次小説も。

結構、有名なんだ。


あ、『さくらんぼの結び目作りとキスのうまい下手は関係ない。』っていう記述も発見!


ふーん、やっぱりねえ・・・。

結び目のできるできないで、キス上手下手認定って強引だと思うもの。

でもでも、それじゃ、哲哉のは天性のもの?

というよりも、お兄さんの指導のたまもの?


あははははは、また、やばい図が浮かんでくるよ?

・・・わたしの脳内腐ってる。



ひとしきり凹んだ後、わたしは顔を上げた。

さくらんぼ缶を見る。

うーん、どうしたものかな。

せっかくだしね、やっぱり作ろう結び目。


わたしは「ええい」と思い切りよく缶詰を開けた。


「何々? さくらんぼの軸は短くても、長すぎてもダメで?」


実を食べた後、 結び目の作り方を書いたページを横目に見ながら、軸をつまんで、

格闘開始。


でも結び目はでもなかなかできない。


何個かさくらんぼの軸を代えた。

口の中もごもごさせて、舌や歯で軸を噛み、突っつき、

ようやくゆるい結び目が出来た。


「やった! できた!」

思わず、そう口に出した時、

「おめでとう。」

聞き覚えのある声と拍手が背後でした。


クスクス笑い声がする。

わたしは驚きで、一気に血の気が引いた。


「て、哲哉! いつの間に!」

「ん? パソコン覗いてる時にかな? 

一応、部屋に入る前に軽くノックしてみたんだけどね?」


哲哉がそう言いながら、視線をパソコンを移した。


わたしはあわてて、ノートパソコンを閉じた。


哲哉がまたクックと体を曲げて笑う。


うわ、もしかしなくても手遅れ?

ほとんどわたしのすること見られてた?


恥ずかしい。


火が出るように頬がかあと熱くなった。


哲哉が意味ありげな瞳でわたしを見る。

その目を見て、わたしは背筋がぞくっとした。

獲物をしとめる前の肉食獣みたいな、熱の篭った威圧的な目だ。


「それってさ。」


哲哉が、さくらんぼ缶を指差す。


「キスの、俺のための練習?」

「違う!」と言う間もなく、哲哉が後ろから抱きついてきた。


「俺も食べたい、いただきます・・・。」

耳元で熱い息越しに哲哉のかすれた声がした。

哲哉の唇がわたしを食んだ。 (終)



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