The people who are annoyed 2


わたしが僧侶、遠藤さんを初めて見たのは秋の頃。

警察学校での半年に渡る研修を終え、この交番所に配属された時だった。

住宅街にある交番所は、

警察学校時代の仲間たちが配属された場所に比べると平穏な所だった。

同じような交番であっても場所が変われば、

観光案内、けんかの仲裁、よっぱらいの世話、スリ、万引きへの対処など、

激務に追われる所もある。

しかしここでの勤務は住宅街、いたってのんびりしたものであった。


しかしいくらのんびりしていても、気を引き締めるべき所はしめねばならない。

わたしは自転車を走らせ巡回していた。


ふと、一人の人物に目を留める。

上下の紺色のジャージ、丸められた頭に巻かれたタオル、不審者の風情を感じる。

わたしはその男を呼び止めた。

わたしの身長は175センチ、特別高いとは思わないが、

日本人男子としてはそこそこの身長であると自負している。

目の前の男はわたしよりもやや高め、それにも増して堂々とした威圧感があった。

パーツの整った顔に鋭い目つき、ジャージの上からも見てとれる鍛えた体、

ぴんとはった背筋、ただものではない風情がある。

わたしはその男に負けまいと睨みをきかせ質問をした。

これが遠藤さんとの初めての出会いだった。


今や遠藤さんとはある意味、周知の間柄?となっている。



「……また、あなたですか」

わたしは目の前にいる人物、遠藤さんを見ながら苦笑いした。

「はあ、お巡りさん、この通りで。もう誤解を解いていただけたでしょうか」

遠藤さんも苦笑している。


子どもを連れた不審者がいるという通報を受け、指定された住宅地の現場に向かった。

そこにいたのは遠藤さんだ。

彼は5−6歳くらいの子どもの手を引いていた。

「でも、来てもらってよかった。交番に行こうと思っていたので。

どうやら迷子のようですよ」

遠藤さんは慈しむような眼差しで子どもを見ながら言った。

まあ、遠藤さんを見慣れたわたしだからこそ、

彼の「慈しむ眼差し」を感じられただけで、

知らない第三者が見れば、

眼光鋭い無駄に美形な男が獲物を前にしている目ともとれそうに思えたが……。


それにしても今日の彼の服装は見慣れないものだった。

いつもはジャージ姿でいる遠藤さんは今日はスーツの上下だ。

紺色で仕立てよさそうなスーツを着た遠藤さんは、

ジャージを着た時以上の威圧感が満面に出ていて凄みがあった。

だからこそ、彼を知らない誰かが不審者として通報してきたのであろう。


遠藤さんはわたしの訝しがる視線に気がついたのか、俯き加減に言う。

「……いえ、これから彼女の実家に挨拶に行こうと思っていたところでして。

普段着ていない格好をしているものですから恥ずかしいですね」

遠藤さんは大いに照れているよう。

わたしはその彼の様子を微笑ましく感じた。


遠藤さんは「彼女」を待たせているからと、

わたしに子どもを託すと、軽い足取りで去っていく。



わたしはふと思った。

彼女の実家はどこだろう。

この地域外なのだろうか。

仮に地域外とすれば、交通手段は電車を使うのだろうか。

どちらにしても、あの風体、立ち寄り先での職質、通報ありそうだ。

「彼女」とやらが側にいたとしても。


彼の人と成りを立ち寄り先の管轄にあたる警察署に知らせて、

不要な職質を無くすという考えもあるが、巡査にそんな権限はない。


それよりも遠藤さんに初めて対面する「彼女」の両親が、彼を見て何を思うのだろうか……。



考えても仕様がない。

遠藤さんの問題は個人的なことだ。

わたしがするべきことの第一は、この託された迷子の保護。



案ずるより生むが易し。

惚れたが因果。





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