The people who are annoyed 3


妊婦はとまどっていた。

「どうぞ、お座りください」

電車の中、目の前の男は笑みを浮かべて尚も妊婦に座席を勧める。

通常なら言われるままに席に座るのだけれど、

目の前の男を見ると(何かの罠ではないか)と躊躇してしまう。


目の前の男、剃髪した頭に鋭利な目、紺色のスーツはどう見ても只者ではない感じだ。

男がにやりとした笑い顔を向け重低音の声で話す。

(こ、怖い……)

妊婦は顔を引きつらせる。


もちろん回りの乗客の助けはない。

妊婦とこの剃髪男とのやりとりを遠巻きに観察しているようだ。

妊婦は意を決した。

「ありがとうございます」

と出来限りの明るい声を絞り譲られた席に座る。


妊婦は妊娠7ヶ月、お腹はずいぶん目立つ。

それでも電車で座席を譲られることは少ない。

男がどんな風体であれ、子を宿した体であるから、

少しでも休められるならそれに越したことはない。

後は失礼だとは思うのだが、胎教によろしくない風体の男を見ないようにすればよい。


「正(しょう)ちゃん、わたしも立とうかしら」

妊婦の隣に座っていた女性が言った。

「いいや、貴ちゃんは座っていてください」

と剃髪男が言った。

(あの男の連れなんだ)

妊婦は驚く。

隣に座っている女性はとても剃髪男の連れとは思えなかったからだ。


ふんわりとカールのかかった明るい髪に黄色いワンピース姿の彼女は、

女性というより少女に近い雰囲気だった。

可憐な女性と怪しい剃髪男、まさに美女と野獣。

そして正ちゃん、貴ちゃんと呼び合う二人。


……似合わない。(正ちゃんが突出して……)


「貴ちゃんも、その……、可能性がある訳だし……」

「……やだ、正ちゃん」


きゃー、きゃー、何この会話。

これって別の意味で胎教に良ろしくない。

聞かなかったことにしよう。


妊婦は二人の存在を無かったものにしようとした。

しかし逆に意識してしまうのであった。




触らぬ神に祟りなし。

知らぬが仏。





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