卒業〜ホワイトデー〜そして試験(1) わたしはドレッサーの前に立つ。 白のシャツに紺色のブレザーにグリーン系のチェックのスカートに、 白い埃みたいなものがくっついていないか。 肩で切り揃えた髪に跳ねはないか、もつれてなく櫛通りが良いか。 いつもよりも念を入れて身だしなみを整える。 今日は卒業式だ。 中学校の3年間って長いようで短かく感じる。 制服は体も少し成長するだろうからと、やや大きめの物を着ていたのが1年の頃。 ぶかぶかしたブレザー、長めのスカート、裾を縫って丈を合せていた。 今はその裾を下ろしても膝すれすれの長さ、ブレザーもぴっちり体に合わさっている。 「千鶴そろそろ行く?」 と、お母さんが声を掛けてきた。 お母さんはめったと見ることのない着物姿。 色無地という薄紅色した着物を着ている。 わたしは「はい。」と短い返事する。 玄関を出ると3月半ばになったといえども外は寒かった。 両手のひらをこすりあわせて温める。 塀の向こうから「おはよう」と声をかけられた。 浩にいだ。 わたしも「おはよう。」と言葉を返した。 「今からだね、卒業式。」 「はい、いってくるね。」 「ぼくもすぐに追いかけるから。」 浩にいは、わたしたちのために卒業式の写真を撮ってくれることになっている。 勉強を教えてもらっているだけでもありがたいのに、その上卒業式の写真まで。 「帰りは校門にいるから。おばさん、いってらっしゃい。」 「いってきます。いつも千鶴によくしてくれてありがとう。」 「いえ、あ、出る前に一枚撮りましょうか。」 浩にいはデジカメを構えている。 家を背にして玄関にお母さんと写真を撮ってもらった。 それからわたしたちは、浩にいより先に学校へ向かった。 朝の8時半すぎの住宅街は、わたしたちのように卒業式に向かう親子ばかりだ。 途中クラスで仲良しの沙希と出会った。 お母さんから離れて彼女とおしゃべりしながら歩いた。 沙希はショートカットの髪をした快活な女の子だ。 浩にいのことも聞いてくれている。 「隣のお兄さん、写真撮りに来るんだって?」 「うん。」 「そこまでしてくてるの、やっぱり愛されてるよ。」 「違うってば。浩にいひとりっ子だから、妹みたいに思ってるだけで・・・。」 「そんなものかなあ。」 しばらく歩くと学校が見えてきた。 学校に植えられている桜はまだつぼみだ。 ふんわりと膨らんだつぼみは開花する時を待っている。 教室で集合した後、胸に赤い造花を飾り整列。 卒業式の舞台の体育館へ向かう。 体育館では待っている在校生や保護者の拍手に迎えられた。 司会している先生の言葉で卒業式がはじまった。 卒業生、在校生、保護者、先生たち、卒業式の参加者全員による校歌斉唱。 この中学校の校歌を歌うのも今日で最後になる。 歌は予行した時よりも、みんな声が出ていたように思われた。 証書の授与、送辞、答辞と式は進んでいく。 答辞を読み上げる卒業生代表は3組の女子。 途中トーンが落ちて、声に擦れが混じってきた。 ああ、彼女は泣きそうになっているのをこらえている。 クラスの女子たちもその声に刺激されたのか、すすり泣きの声があちこちで聞こえる。 後ろを向いて沙希の方を見ると、彼女も泣いていた。 それを見ていると訳も泣く目が潤みそうになる。 でもそれだけだった。 わたしは涙の波に乗り遅れてしまったよう。 ぼんやりみんなの様子を眺めていた。 卒業生は式が終わると最後のホームルームをするために一端教室へ行く。 それから、在校生代表として参加した2年生やおかあさんたち、 3年生の担任以外の先生たちが拍手しながら並んでいる花道を通って正門へ歩く。 正門から外に出るとそのまま解散になるのだけれど、みんなすぐには帰らない。 友だちや先生と写真を撮りあっていた。 そんな卒業生から少し離れたところに浩にいがいた。 わたしの方に向かって手を振っている。 「浩にい、待った?」 「ううん、そんなことないよ。撮ろうか、友だちも一緒に。」 浩にいはデジカメと携帯で交互に写真を撮り出した。 沙希たちとポーズを変えて何枚も撮る。 「千鶴、そこで待っててね。」 沙希が小さな声でわたしの耳元でささやく。 「沙希?」 彼女は見る間に浩にいに近づく。 「撮るの変わりましょう。」と浩にいからデジカメを受け取ると、 わたしの方にぱちんとウィンクをしてきた。 「二人とも、もう少し寄って。」 沙希は浩にいとわたしのツーショットの写真を撮ってくれようとしている。 浩にいが照れくさそうに笑いながら肩に腕を回してきた。 ああ、どうしよう。 でも、すごくうれしい。 思ってもみなかった状況に胸が騒ぐ。 中学校の卒業式に浩にいと並んで撮った写真。 浩にと一緒の大切なものが、ひとつ増えた。 沙希ありがとう。 沙希とは受験する学校が違う。 必然的に、高校生になると今までのように頻繁には会えなくなってしまう。 「・・・沙希。」 式には出なかった涙がふっと沸いた。 「千鶴、泣かない・・・、ずっと、友だち・・・、だから・・・。」 そう言う沙希の声も嗚咽交じりに切れ切れに擦れていた。 そんなわたしに浩にいの手が伸びてくる。 わたしの頭に触れると優しく撫でてきた。 (続く) |