卒業〜ホワイトデー〜そして、試験に赴く君へ(1) 今日は中学校の卒業式だ。 ぼくはちーの写真を撮るため、出かける準備をしている。 ちーが中学校の制服を着るのもこれが最後。 だからこそ、しっかり目に焼き付け、記録に残したい。 ぼくのこの願いを、ちーのおばさんは二つ返事で了承してくれた。 ひょっとしなくても、おばさんにはぼくの気持ちがばればれなのかもと思う。 でも今さら取り繕う気もない。 ばれているならそれでよい。 精一杯好青年をアピールして、 ちーにとってふさわしい相手はぼくしかいないと認めさせるだけのことだ。 ちーが小学生の時の卒業式は、高校の講習が重なり見にいけなかった。 自分以外の卒業式に行くのはこれが初めてだ。 外はよく晴れている。卒業式は9時に開始だと聞いた。 8時20分頃、そろそろちーたちが家を出る頃だろうか。 ぼくは玄関を出た。 外の空気はひんやり冷えていた。 ぼくは身を思わず縮込ませる。 5分ほどしてちーたちが家から出てきた。 塀越しに「おはよう。」とぼくは声をかける。 ちーも「おはよう。」とぼくに言葉を返す。 さっそくぼくはちーとちーのお母さんをデジカメで写した。 カメラのデモ画面に写るちー。 ちーたちが学校に行った後も、ついつい見てしまう。 しかし、そうもしていられない。 学校へ向かわなければ。卒業式がそろそろ始まる。 中学校へ行くのは久しぶりだ。 ぼくの母校でもある中学校。 体育館も校舎も、植えられている木々も外観はほとんど変わっていなかった。 でも、なんだろう。 空気が違うような。 ぼくが在学していた時には感じなかった空気。 どこか済ましているような、よそ行きの馴染みのない空気。 ああ、そうか。 それはぼくが、ここを卒業してしまったから。 新しく生徒を迎え入れては送り出す学校。 一見同じにように見えても通っている生徒たちの存在が、 廊下に貼られたポスターなどに垣間見えた。 それがぼくには違和感として伝わってきたのだ。 ぼくは体育館に入った。 席は卒業生たちが座る席以外はほぼ埋まっていた。 体育館の一番後ろでは、 三脚にカメラを取り付け撮影準備している卒業生の父親と見られる人たちがいた。 三脚、ぼくも用意すればよかったかも。 いいや、今は後悔よりも少しでもいい写真を撮ることに専念しよう。 ぼくは後ろの端に空いた席に座り、デジカメを連写モードに設定、 いつでも写真が撮れる状態にして、式が始まるのを待つ。 やがて卒業生たちが順序良く並んで入場してきた。 ぼくはデジカメを構えた。 ちーのクラスは2組だ。 彼女の姿をすぐに見つけた。 さっそくシャッターを押す。 ちーは神妙な顔で歩いている。 緊張しているのだろうな。 次のシャッターチャンスは、壇上に上がり卒業証書を受け取る瞬間だ。 これは何が何でも撮らなければならない。 はじまりの言葉、校歌斉唱と続き、 いよいよ証書の授与が始まった。 生徒の名前が一人ずつ呼ばれ、卒業証書が受け渡されている。 卒業する3年は4クラスある。 1組が終わるとちーのクラスの番だ。 ぼくは席を離れ、目立たないように屈みながら通路に行く。 通路の中ほど、在校生のいる後ろに先生がいた。 どうやらそれ以上先には保護者は立ち入れないようだ。 カメラを構えた保護者の何人かは、その位置に留まって撮影して、 自分の席へと戻っていた。 「水谷千鶴。」とちーの名前が呼ばれた。 ぼくはすぐに通路を移動した。 ぼくに注ぐ保護者たちの視線が痛い。 堂々とするんだ。恥ずかしがるな自分。でも最低限のルールは守らないと。 写真を撮っても注意されない限界の場所に行き、デジカメを構え連写した。 そして元いた席に戻り、撮ったばかりの画像を一枚一枚チェックする。 証書を受け取っているところもちゃんと撮れていてほっとする。 しかしそれ以外の画像のちーもかわいいな。 ふと我に返る。 こうしてデジカメを覗きながらにやけている自分は、どこから見ても変○・・・。 一人であたふたしていても、式はどんどん進行していく。 送辞、答辞。答辞を読んでいた女の子は途中泣き声になっていた。 答辞、送辞もだけれど、原稿はそれを読む生徒が自分の言葉で作る。 だからこそ読み上げる言葉に、思いがつのってしまうのだろう。 彼女の言葉と声につられ、保護者席ではハンカチで目を押さえる人が増えてきた。 ぼくが卒業した時、答辞を読んでいたのは剣道部の部長をしていた奴だった。 あいつは、淡々と読んでいた。 それでも泣いている人がいたなと思い出す。 卒業式は、多かれ少なかれ涙腺を緩ませるものなのだろう。 式が終わり体育館を出る卒業生を拍手で送った後、席を立った。 体育館入り口でちーのお母さんがぼくの名前を呼んでいた。 「浩樹君、今日はありがとう。先に家に帰るわね。千鶴にもそう言ってあるから。」 「一緒に帰らないのですか?」 「・・・友だちとしばらく残るそうなのよ。 写真が出来上がるの楽しみにしているわ。」 そう言うとおばさんは去っていった。 その後ろ姿が寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。 やがて先生たちが、ホームルーム後の卒業生を正門まで見送る花道を作るために、 残っている保護者、在校生の誘導を始めた。 ぼくは正門へ向かう。 卒業生の送り出しが済むと解散になるはず。 正門で開放された卒業生は思い思いの場所に固まり、 話をしていたり写真を撮り始めている。 正門からちーが出てきた。 ぼくは彼女に向かって手を振った。 それから、ちーと彼女の友だちとの写真を撮る。 デジカメだけでなく携帯も使って撮った。 携帯のフォルダにも、 ちーの制服姿、卒業した時の画像を保存しておきたいから。 何度もポーズを変えてもらって写真を撮っていると、 ちーの友だちが「撮るの代わりましょう。」と近寄ってきた。 ぼくはすぐに彼女にデジカメを渡してちーの側に移動した。 ああ、ちーとのツーショット写真。 実はひそかに、これも計画していた。 ちーとよく顔を会わせていても、二人で撮った写真は圧倒的に少ない。 学校がらみでは、ほぼないといっていい。 それが家族と隣人、5歳の歳の差なのだろう。 こちらから意識して撮らないと写真は増えない。 頼むタイミングを計っていたら、チャンスが向こうからやってきた。 ぼくは、彼女の肩に腕を回して密着する。 同時にいいけん制になる。ちーを狙っている奴がどこにいるとも限らないのだ。 中学生相手に何をムキになっているんだと思うけれど (いや中学生とは限らない、教員の中にもいるかもしれない)、憂いの根は断たなければ。 触れている腕からも伝わるちーの柔らかい体。 できればずっとこうしていたい。 「・・・沙希。」 不意ちーが涙ぐむ。 「千鶴、泣かない・・・、ずっと、友だち・・・、だから・・・。」 ちーの友だちも泣き出した。 ちーたちは友だちとの別れを意識したのだろう。 卒業は通過点だ。 中学生の友だちとは卒業後、頻繁には会わなくなってくる。 全然顔を合わさない人もいる。 その代わりに、高校では高校の友だち、大学では大学の友だちと多くの時間を過ごす。 その時々の場面で人は出会って別れを繰り返す。 だからこそ、その時間や瞬間は貴重で大切で。 その大切さは、時がだいぶ経ってから気づかされる。 ぼくは彼女の頭に手のひらを載せ撫でた。 かわいくて愛しいちー。 君の思いは、すべて受け止めるから。 ぼくは離れることなく君の傍らにいたい。 そして思い出を一緒に綴っていきたい。 (続く) |