卒業〜ホワイトデー〜そして試験(4) 浩にいが先立って階段を上がる。 わたしは後ろについて上がった。 部屋に入ると、浩にいの足が止まった。 入り口近くの壁に置いてあった浩にいのかばんを取るためじゃない。 浩にいの視線が一点を見つめている。 その視線の先をたどってみるとわたしの机の上にあった。 「あっ!」 わたしは思わず声を出してしまった。 机の上にはボタンを縫いかけていたブレザーと、浩にいのボタンを置いたままだった。 浩にいにしっかり見られてしまった。 もうごまかせない。 すごく恥ずかしい。 わたしは顔を俯く。 「あのボタン、もしかしてぼくの?」 「う、うん・・・。」 「制服、ぼくのボタンと付け替えていたの?」 顔が熱くなってきた。 ど、どうしよう。 心臓の鼓動がいっそう激しくなってくる。 「・・・あのね、浩にいのボタンが、試験のお守りになるかと思って・・・。」 「ちー、落ち着いて。 恥ずかしがらなくていいからね。 ぼくはすごくうれしいから。」 浩にいの手が伸びてきてわたしの頭を撫でる。 ああ、いつもの浩にいの態度だ。 その態度に安心する。 心臓の鼓動もだいぶ落ち着きを取り戻してきた。 浩にいにとってわたしはまだまだ子どもなんだろうな。 そう思うと少し悲しい。 浩にいは、わたしの気持ちの翳りに気づいたのだろうか。 励ますような口調で言った。 「ほんとにうれしいからね。 そうだ、ちーの方の余ってるボタンぼくにくれる?」 「えっ? わたしの?」 「ぼくもお守りにしたいから。」 わたしは机の前に行き、ひとつだけよけていた自分のボタンを浩にいに渡した。 浩にいはそれを大事そうに置いてあったかばんの中に仕舞う。 そして入れ替えるように、 白い包装紙に青いリボンのかかった手のひらサイズの箱を取り出す。 「ちーどうぞ。」とわたしに差し出した。 「浩にいありがとう。一緒に食べよう?」 わたしがそう言うと浩にいは首を横に振った。 「ごめん、今日はこれで帰るね。」 「えっ、もう?」 今日は日曜日でもあるもの。 浩にいにも予定がある。 わたしを見る浩にいの顔がつらそうだ。 またわたし、浩にいが帰ってしまうことの寂しさを、 表情に出しちゃったんだ。 ごめんなさい、浩にい。 そんな顔しないで・・・。 「浩にい気にしないでね。 ボタン付け終わったらまた勉強しなきゃだし、がんばらなきゃ。」 「ごめんね、ちー。帰る前におまじない、いいかな?」 「おまじないって、あれ?」 「そう、試験が受かるようにっていうあれ。 今度はぼくが願うから。」 わたしはキャンデーの箱を机の上に置いた。 それから浩にいの前に両手を出す。 浩にいの試験の時にやっていたおまじない。 そのおまじないを、今度は浩にいがわたしのためにしてくれる。 わたしの両手を、浩にいの大きな手が包むように重ねてくる。 そして目を閉じて言葉を呟いた。 「ちー、がんばれ。 落ち着いて試験受けられますように、そして合格しますように。」 夜10時をすぎ、わたしはパジャマに着替えベッドに横になっていた。 あれからボタンもつけ終わり、勉強も疲れない程度にやった。 左手の人差し指、 浩にいに巻いてもらったばんそうこの指を、顔の前でかざして眺める。 少し針で突いただけの傷、ばんそうこを剥がしても問題ないと分っていても、 その気にはなれなかった。 浩にいがんばるから。 浩にいと同じ学校の後輩になりたいもの。 後を追うから。 浩にいの横で釣り合う女性になりたい。 わたしは浩にいのことを思いながら、 右手の人差し指で、ばんそうこにそっと触れた。 (終) |