卒業〜ホワイトデー〜そして、試験に赴く君へ(4) 当初の目的、ホワイトデーのキャンディーをちーに渡すために、 2階のちーの部屋へ上がる。 彼女の好みはわかっていても、プレゼントはいつも悩む。 ラベンダーに表されるようにハーブ系の香りが好き。 ぬいぐるみはクマ。 そして甘いもの全般。 クッキーにケーキ、大福も好きだ。 ただしマシュマロは苦手。 だからマシュマロだけは選択肢から外している。 受験生であることを考えて、 胃にもたれないもの、疲れた頭に等分を補給するという意味合いもかねて、 キャンディを選んだ。 そしてキャンディーを渡した後に、 時間の許す限り勉強も見てあげようと考えていた。 部屋に入るとちーの机の上にあるボタンに気がついた。 並んだ制服のボタン、あれはぼくが以前に渡したボタンだろうか。 ちーはぼくが見ているものに気づくと、みるみるうちに動揺しだした。 聞くと、ぼくのボタンをお守りにするため縫っていたと言う。 悪いことを咎められたように、顔を赤らめ俯くちー。 恥ずかしがるちーは、とてもかわいい。 ぼくは制服から外されていたちーのボタンをもらった。 なんと表現しても言い尽くせない喜びに浸る。 それとともに、ぼくの中で閉じ込めたはずの邪な感情がまた湧いてくる。 この感情を悟られてはいけない。 ぼくは何気ない風を装い、ボタンをかばんにしまった。 そしてキャンディーの箱を渡す。 ちーは一緒に食べようと誘ったけれど、ぼくはそれを断った。 このまま部屋に残り続けたら、感情の赴くままにちーを傷つけてしまいそう。 それこそあってはならないことだ。 ちーは見るからに寂しそうな顔をした。 「ちー、ごめん。帰る前におまじないしていこう。」 「おまじないって、あれ?」 「そうそう、試験が受かるようにっていうあれ。 今度はぼくがちーの試験のために願うから。」 試験に受かるおまじない。 気持ちを落ち着かせ、ちーの手を取る。 「ちー、がんばれ。落ち着いて試験受けられますように、そして合格しますように。」 受験の不安を払拭できるように、もっと側に励ましてあげたかった。 安心感を与えたかった。 なのにぼくは、いつまでも邪な感情を断ち切れない。 部屋を出ていくしかない。 ちー、こんな情けないぼくでごめん。 それでもぼくは、君の側にありたい。 夜も10時をすぎた。 ぼくはベッドに横になっていた。 昼間の空気と違い夜の空気はしんと冷えていた。 眠るのにはまだ早すぎた。 ぼくはちーからもらったボタンをじっと眺めていた。 中学校の3年間ちーの制服にあったボタン。 胸に言い知れぬ疼きが湧く。 ちー、どうか「近所の優しいお兄さん」ではない、 ありのままのぼくを受け入れて欲しい。 この有り余った想いごと受け入れて欲しい。 そう願うのはぼくのエゴだ。 けれども願わずにはいられない。 翌々日の試験の日の朝、 ぼくはちーが家を出る時間の見当をつけ、家の前で待ち受ける。 ちーはぼくを見るなり驚いた顔をしたけれど、 すぐに笑顔を見せてくれた。 「浩にい、見送ってくれるの?」 「ああ、ちー、気楽にな、いってらっしゃい。」 ちーはぼくに手を振ってから「いってきます」と、 駅に向かう道を歩いていく。 ぼくはその後ろ姿が見えなくなるまで見送った。(終) |