卒業〜ホワイトデー〜そして、試験に赴く君へ(2) 春の気候はよく変わる。 肌寒かったおとといから一転、今日は暖かい。 窓から空を見上げると、薄い雲が広がっていた。 日の光はその雲に遮られぼんやりと照っている。 今日は日曜日でホワイトデーだ。 もちろん、ちーに渡すキャンデーは準備済み。 ぼくは考える。 ちーは二日後に公立の試験が待っている。 不安だろうと思う。 かつての、ぼくも味わった気持ち。 そんな時、ちーにおまじないをしてもらった。 試験に落ち着いて臨めるよう、暗示をかけるようなものだけれど、楽になった。 今度はぼくからちーに、 おまじないをかけて楽な気持ちで試験に行ってもらうのだ。 「君もそう思うだろう?」 ぼくは机の上にある貯金箱に話しかける。 小学校初めての夏休み、ちーが作った図工の自由課題の貯金箱。 ぼくが小学校を卒業した時に、 「卒業の記念に」と強請ってもらったものだ。 シロクマを模した貯金箱。 ぼこぼこした表面ひとつひとつに、 絵の具で描かれたクマのつぶらな黒い瞳が 「うん、励ましてね。」と訴えかけているように見えた。 思わずぼくはシロクマに笑いかけた。 そんなぼくに、内にある冷静なもう一人のぼくが 「きさまは変○な上に阿○だろう。」と突っ込みを入れている。 貯金箱に話しかける、20歳♂。 かなり痛い・・・。 思わずぼくは頭を抱える。 1時半すぎ、ぼくは家を出て隣のちーの家に向かう。 ぼくの家とちーの家は、同じ会社の建売住宅で販売されていたそうで (ぼくの家の周辺、6軒がそうだ。)家の雰囲気が似通っている。 1階に和室、キッチン+居間、洗面所とトイレ。 居間の隣には2階に上がる階段も同じ位置。 違いがあるとすれば置いてある家具とかカーテンだとか、 そこに住む住人が後から持ち込んだものだ。 ちーの家のインターホンを押す。 ぼくは少し緊張した。 見慣れて数え切れないほど行った家ではあるけれど、日曜日だ。 彼女のおとうさんがいるだろう。 案の定、開いたドアからぼくを出迎えてくれたのは彼女の両親だった。 持っていたホワイトデーのキャンディの入ったかばんを示し、用件を話す。 ちーは自室にいるそうだ。 「いつも悪いわね。」というおかあさんの言葉の後、家に通された。 ちーの両親の顔を見ていると、さらさらの黒髪といい目の形色といい、 ちーはおとうさんに似ていると思った。 ちーと同じ茶色の虹彩をした瞳が、何かを観察するようにぼくを見る。 おかあさんと同様におとうさんにもぼくの気持ちはバレているのだろう。 ちーのことを問われたことはこれまでない。 しかしお父さんの視線が醸し出す圧力に意識してしまう。 あらためてぼくは自分の心に言い聞かせる。 ちーの両親に信頼されるよう、異物ととらえられないようにしなければならない。 近所の優しいのお兄さんとして、 受験で不安にかられているだろうと思うちーを、 精一杯励ますためにここに来たのだから。 これまで通り大丈夫。 ちゃんと弁えて演じられていたのだから。 ぼくは居間に残るちーの両親から離れて階段を上がり、彼女の部屋へ向かった。 (続く) |