卒業〜ホワイトデー〜そして試験(3) いつの間に来ていたのだろう。 わたしは焦った。 「痛っ。」 思わず左手の人差し指を針で突いてしまった。 「指、出して。」 浩にいが険しい顔をして言う。 わたしは言われた通り手のひらを向けて左手を前に出す。 爪に近い腹から血が滲んでいた。 浩にいが屈み込む。 わたしの左手を取り、指にくっ付きそうなくらい顔を近寄せて覗き込んだ。 「・・・ごめん、声を掛けたから。」 浩にいがくぐもった声で言った。 「ううん、大丈夫。それによく刺すからわたし。 浩にいがあやまることないよ。」 わたしは、なんでもないことだよって浩にいにアピールした。 実際、ちょっと針で突いただけなんだし。 でもわたしは、それとは違うことを気にしていた。 浩にい、机の上に並べたボタンを見ただろうか。 わたしがどうしてボタン付けをしていたのか、怪しんでいないだろうか。 浩にいと一緒にいるつもりで、ボタン付け替えてたと知られたら、すごく恥ずかしい。 わたしの焦る気持ちをよそに、浩にいは指先をじっと見つめていた。 わたしの目からは、浩にいの触り心地のよさそうなまっすぐな黒い髪しか見えず、 顔の表情まではわからない。 わたしの焦りが移ったのか、浩にいに握られていた手が小刻みに震えてきた。 ああ、これって絶対変に思われる・・・。 「・・・深く刺してはいなさそうだけど、手当てしておこうね。」 そう言うと、浩にいはわたしの手を掴んで立ち上がった。 「洗面所借りるね。」 そう言うと手を引いて部屋を出て、階段を下りる。 浩にいは居間にいたわたしの両親に声をかけてから、風呂場の前にある洗面所に行った。 手を持ったまま、空いた方の手で栓をひねり水を出す。 わたしを洗面所の前に立たせると、浩にいは背後に行く。 浩にいの左手がわたしの左の手のひらを下から支えるように持って、蛇口から出ている水に当てた。 指先でぷっくり米粒みたいになっていた血の塊は、冷えた流水ですぐに洗い落とされた。 「傷は消毒するより水で洗い流す方がいいそうだよ。」 浩にいはそう言いながら水道の栓を閉めた。 手を離すと、ズボンのポケットから青いハンカチを取り出し、わたしの濡れた手をていねいに拭く。 そして浩にい自身の手を拭った。 どうやらわたしの手の震えを気にしていなかったみたい。 少しほっとする。 でも心臓の鼓動はまだ落ち着かない。 落ち着きそうもない。 浩にいは再びわたしの左手を取った。人差し指を注意深く見る。 「・・・まだ血が出ているかな?」 そういうとわたしにばんそうこのある場所を聞く。 居間の隣にある和室に行き、箪笥の上に置かれた救急箱を下ろた。 中にあるばんそうこを指に巻いてくれた。 「・・・浩にい、ありがとう。」 「ううん、ぼくこそ、驚かせて悪かった。痛かっただろう?」 浩にいが眉をしかめ、つらそうな顔をする。 そんな顔しなくていいのに。 「痛かったのは刺した時だけ、今は痛くないから。全然平気。」 浩にいの顔を下から覗き込むように言うと、 浩にいは目を細めながらわたしの頭を撫でた。 「浩にい、どうしてわたしの家に?」 「今日、ホワイトデーだろう。勉強の差し入れも兼ねて、キャンデー持ってきた。」 「浩にい・・・、ありがとう。」 試験が控えているといってもホワイトデー。 浩にいが気にかけてくれていたのがとってもうれしい。 わたしの頬が自然に緩む。 「キャンデー、ちーの部屋に置いてきたかばんの中に入ってる。戻ろうか?」 わたしは浩にいの言葉にこくんと頷いた。 (続く) |