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家族のホワイトデー


「深月、難しい顔してる。」

3月13日、かかし亭で行われていた部展搬出の日の合同打ち上げ会を後にして、

わたしは迎えに来てくれた聡君と手を繋いで並んで歩いていた。

「さっき会ったサークルの人のこと?」

「・・・うん。」

打ち上げ会で、沙織がお酒に酔い暴れた。

酔っ払いが絡んで暴れるっていう光景、めずらしくもないことだけれど、

あの沙織が暴れたということが気になる。

お酒を飲んで愚痴言うことは何度か合ったけれど、

あんな風に酔ったのは見たことがなかった。

いや、むしろわざとみたいな。

別れ際のしっかりした様子の彼女を見るとそんな気さえする。

歯に衣を着せずきつい言葉も言える沙織は気が強い印象を与えるけれど、

その実ナイーブで傷つき易い。


「深月、そんな顔しないで。俺は深月の方が心配。」

聡君が空いた手でわたしの頬に触れ目を細めてわたしを見る。

「聡君。」

「酷い言い方かもしれないけれど、

人の悩みとかはその人自身が乗り越えなきゃならないものだから、

深月が考えてもどうにもならないよ。」

「・・・それは分っているつもり。」

沙織はサークルの仲間として一緒にいること多いけれど、踏み込めない領域があった。

いつかその領域が消えること、一緒に悩んでお互いを理解し合いたいなと思う。


「また、そんな顔して。」

頬に触れた手が移動して軽くわたしの鼻を摘む。

そして、額と額をくっつける。

これはわたしと聡君との間でのキスの代わり。

お父さんたちにわたしとのことを認めてもらってから、

聡君はお父さんとの約束を守ってそれ以上は触れない。

不満がないと言えば嘘になるけれど、大事にされているんだなと感じている。


「それにしても気に入らないな。」

聡君がわたしが提げているバッグを指差す。

「サービスだからって、他の男からもらったクッキーなんて。

深月、それ食べるなよ。俺が明日作るんだから。」

明日のホワイトデー、

聡君とお父さんが二人で、わたしとお義母さんにクッキーを作ってくれることになっている。

「うん、楽しみにしてる。」

「おお、まかせて。おいしいのを作るから。だからそれ没収ね。」

わたしは聡君に言われるままにバッグを開け、

かかし亭の店員さんからもらったクッキーの小袋を渡す。

聡君は「よくできました。」とわたしの頭を撫でる。

聡君の嫉妬、ほんとに憎めない、というよりうれしいかな。



翌朝、聡君とお父さんがエプロンをつけて、キッチンでクッキー作りに励んでいた。

見慣れない聡君のエプロン姿。

グレー色した割烹着のようなエプロンつけているのだけれど、

エプロンを着せられてる感ありありなのが保護欲をかきたてられてかわいい。

二人で時々、何やら言い合いしながらキッチンに立っている姿を見ていると、

同じ血を分けた親子みたいに見える。

キッチンにバターとバニラの甘い香りが漂ってくる。

オーブンレンジのタイマーの止まる合図とともに、クッキーが焼けた。

聡君がミトンを嵌めた手で慎重にオーブンから天板を取り出す。

クッキーはキツネ色に程よく焼けていて、見た目上々。

紅茶も用意してくれて、お皿に盛られたクッキーを、お義母さんといっしょに食べた。

「どうかな。」

聡君とお父さん、不安そうにわたしたちを見ている。

「とってもおいしい。」

「ほんと、おいしいわ。」

「そうだろ、そうだろ。当然さ。俺が作ったんだから。」

「いや、お義父さん、ほとんど生地作りしてなかったやん。」

「何を言う、聡こそ、計量間違えかけた癖に。」

二人でまた言い合いを始める。

わたしはお義母さんと顔を見合わせてくすくす笑い合った。



午後になり昼食を取った後で、聡君と一緒に家を出る。

聡君は朝作って別に取って置いたクッキーを袋に入れ持っていた。

「深月のお義母さん、喜んでくれるかな。クッキー。」

「うん、きっと喜ぶと思うよ。聡君たちの力作だもの。」


駅から電車に乗り込む。

日曜日の昼間とあって車内は空いていた。

わたしたちはシートに座る。

「深月、肩いいよ、使って。駅ついたら起こしてあげるから。」

うとうとしかかってるわたしを見かねて、聡君が声を掛けた。

「ありがとう、借りるね。」

わたしは聡君の肩にもたれる。

細身でもしっかり肉のある肩は居心地良くて、わたしはすぐに眠ってしまった。


「深月、もうすぐ着くよ。」

聡君の手がわたしの頭を撫でている。

すっかり寝入ってしまっていた。


電車で1時間、揺られた先は、一面田んぼが広がる静かな所。

その中にぽつんぽつんと旧家が建ち、

一際大きく目だっている旧家がわたしたちの目指す寺だった。



その隣にある墓所に、わたしのお母さんが眠っている。


わたしが5才の頃に亡くなったお母さん。

おぼろげだけれど、お母さんの顔を思い出せる。

病院のベッドで半身を起こし、微笑んでいたお母さん。

消毒の匂い。


お寺に続く石畳の道を進む。

少し傷んだ古い木の門をくぐり、墓地へと向かう。

墓が整然と並ぶ中で、人はわたしたち二人きり。

墓の間の道に敷かれた砂利を踏みながら、お母さんの眠る墓の前に来た。

聡君はクッキーの袋をお墓に供える。

手を合わして拝む。

「お義母さん、深月を大事にしますから安心して眠ってください。」

聡君の言葉に胸がいっぱいになる。

お母さん、どうぞわたしと聡君を見守っていてください。

大事な人たちがずっと幸せでありますように。



帰りの電車。

シートに座ると、今度は聡君がうとうとし出していた。

「もたれていいよ。」とわたしは肩を示す。

聡君はこくんと頷くと素直にわたしの肩に頭を乗せた。

すぐに聡君の寝息が聞こえてきた。

愛おしさがこみ上げてくる。

わたしは隣で眠る聡君の頭に、負担にならないよう軽く自分の頭を押し当て目を瞑った。 (終)



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