思い煩うホワイトデー(1) 部展最終日の13日。 わたしは春美と一緒にO画廊へ行く。 最終日は搬出もあるので、サークルの部員たち全員画廊に集まる。 わたしたちが着くと、わたしたちに番を任せて、 野口沙織先輩と高野深月先輩が画廊を出ていった。 「先輩たち出てちょうど良かったやん? もうすぐ来るんでしょ、例の逆チョコの彼。」 春美がにやついた笑い顔でわたしに言った。 「か、彼じゃなくて、お兄ちゃんの会社の人、それにもらったのは兄チョコ。」 「はいはい、そんなにムキにならなくても。風花、顔赤いよ。」 わたしは思わず頬を手で押さえる。 土曜も出勤の下畑さん、得意先を回っている合間の時間に部展を見に来ることになっている。 わたしがいる時の方がいいだろうと、今日になった。 携帯の番号やメルアド教えてもらってから、下畑さんと連絡を取り合うようになった。 鞄から携帯を取り出し何度もメールを確認する。 何も届いてないことは分っていながら、ついつい覗いてしまう。 少しは落ち着け、わたし。 兄チョコのこともある。 逆クッキーを用意しているけれど、どのタイミングで渡そうか。 ホワイトデーの明日に渡すのが一番なのだろうけれど、 下畑さんに予定を聞けないままでいた。 いつ渡してもいいように、用意はしているのだけれど。 画廊の扉が開く音がして、学生と思われる男の人が一人入ってきた。 髪は短髪で黄色く脱色していて、ジーンズに皮ジャンがよく似合っている。 わたしはその顔を見て、ぎょっとしてしまった。 高校の時とは雰囲気が幾分雰囲気変わってしまっているけれど、間違いない。 越智くんだ。 越智くんもわたしがいるのに気づいたみたい。 「久しぶりだよな、吉井。」 唇をほんの少し上向きにして作り笑いをしながらも、不機嫌そうに言った。 「やっぱり、絵描いてたんだよな。」 「う、うん。」 春美がわたしの横に来て腕をつんと小突く。 「あ、えと彼は高校の時、同じ美術部だった越智君、 そしてこちらは同じサークルの棚瀬さん。」 越智君は春美に会釈してから、画廊に展示してある絵を見ていく。 『ねえ、もしかして元彼とか?』 春美が小声でわたしに耳打ちした。 『ううん、違う、クラブ一緒だっただけ。』 『ふーん・・・。』 春美は尚も疑わしそうな目で見ている。 越智君とはクラブだけの関係、とも言えないか。 高校では一度も同じクラスになったことはなかったけれど、 3年の時、美大へ受験のために通った専門学校で一緒になった。 越智君の絵は見る人に強い印象を与える。 荒い筆遣いも計算して色を置いているみたいで、絶妙な色使いをする。 越智君とはクラブでも専門学校でも、会えば二言三言話するくらいだった。 わたしは途中、進路を変更した。 美大受験をやめ、国文のある学校へと変えたのだ。 後でそれを知った越智君に「なぜ美大を受けないのだ」と詰め寄られた。 それから学校ですれ違うことさえもなかったのだけれど。 越智君は美大に受かりそこに通っていたはず。 まさか部展で会うなんて。 越智君は画廊の中を、ゆっくり歩いて絵を見る。 わたしの絵の前に来ると、越智君の足が止まった。 真一文字に口元をひきしめ、食い入るように絵を見ている。 越智君の不機嫌なオーラが増したようで近寄りがたい。 再び画廊のドアが開く音がした。 「風花ちゃん、こんにちは。」 下畑さんが来た。 優しそうな笑顔を浮かべている。 下畑さんは、紺色のスーツ姿。 仕事をする大人の男っていう感じの精悍さが滲み出ている。 「・・・そいつ誰?」 越智君が下畑さんを睨む。 下畑さんの笑顔が消え、越智君を見つめる。 「あの、ええとこちらはお兄ちゃんの会社の人で下畑さん、 この人は高校の時同じクラブだった越智君。」 「へえ、そうなんだ。はじめまして。」 下畑さんはそういうと再び笑顔を浮かべた。 越智君は「はじめまして。」と、取って付けたような声で言った。 「お兄さんの会社の人が見に来るなんて、えらく仲がいいんだな。」 「風花ちゃんはぼくにとって大事な妹だからね。」 下畑さんがひとつひとつ絵をゆっくり見て行く。 わたしは下畑さんの後をついて回った。 そして下畑さんがわたしの描いた絵の前に立つ。 「風花ちゃん、いい絵だよね。夕焼け空の情景が迫ってくるようだね。」 そう言われるとうれしくなる。 下畑さんに向かって「ありがとうございます。」と答えると、 射るような視線を感じた。 越智君だ。 越智君がじろりとわたしを睨んでいる。 責められているみたいでどうにも居たたまれない。 「風花ちゃん、お昼ご飯もう食べた?」 と下畑さんがわたしに聞く。 わたしが「まだ。」と首を横に振ると、 「ぼくもお昼まだなんだ、ちょうど昼休み入るし、一緒に食べよう。 彼女を連れ出すけど、いいかな?」 「・・・どうぞ。風花、遠慮しないでゆっくりして来てね。」 春美の言葉に下畑さんが微笑むとわたしを促して歩き出した。 「吉井。」 越智君はわたしを睨んだまま言った。 でも、心なしか表情が翳っているようにも見えた。 「・・・いや、なんでもない。」 そう言うと、わたしから顔を背け、展示している絵に視線を向けた。 「・・・どうやら、すんなり行かせてくれるみたいだね。」 「え?」 「いや、独り言、行こう風花ちゃん。」 下畑さんが、ぽんぽんとわたしの肩を軽く叩いた。 (続く) |