ラベンダーと眠り姫 「・・・あるかなあ。」 志望校の合格発表の日。 張り出されている合格者の番号から自分のものを探す。 「・・・あった。」 笑顔が自然に出る。 これで受験ともお別れ。 この後は中学に行って報告。 それから浩にいにも。 浩にいにありがとう言わなきゃ。 でも、浩にいとの受験の勉強、これ完全に終わり。 高校生になっても見てくれないかな。 って甘いかな。 わたしは学校から戻り、隣の浩にいの家へと向かう。 おばさんは「おめでとう、よかったね。」 とわたしを出迎えた後、いつものように浩にいの部屋へ通された。 浩にいは外出していていない。 わたしの合格発表の日だったのに、拍子抜けしちゃう。 浩にいにとってわたしはその程度の人なのかな。 ・・・なんだか悲しい。 わたしは浩にいのことを思いながら、いつものようにベッドに行き布団を被る。 布団からする柑橘類の匂いが、わたしの心の中でいっぱいになる。 やっぱり安心するな、ここは。 *************************************************** 「・・・また、ちーは。」 僕が帰宅する10分ほど前に来たという千鶴。 すやすやとベッドの中で寝息をたてていた。 まあ、僕が悪いか。 合格祝いを何にするか、ぎりぎりまで悩んでしまい、予定よりも帰宅が遅くなった。 千鶴は学校から帰ると、必ず家に来るだろうと思いながらも・・・。 「・・・さてと、どうしようか。」 もう少しだけ寝かせていようか。 僕は手を伸ばして千鶴の髪に触れる。 さらりとしたまっすぐの黒い髪。 両方のまぶたを閉じ、寝息がすうすうと聞こえる。 指先をそっと唇に置く。 桜色した唇が柔らかく弾力のある感触を僕の指へと伝えてくる。 「・・・ちー。」 吸い寄せられるように千鶴に顔を近づける。 あと数センチで触れそうになる所で我に返って離れた。 千鶴にとって僕は単なる近所に住むお兄さん。 これ以上、千鶴の許可なく触れてはいけない。 ため息をひとつこぼす。 千鶴は今年の誕生日がくると16歳、そして高校生になる。 16歳は女性では親の許しがあれば結婚できる年齢でもある。 高校になれば千鶴も彼氏を作るのだろうか。 千鶴の彼氏なんて想像もしたくない。 頭を左右に振り想像を追い払う。 僕をお兄さんから、一人の異性の男として見てくれるときはいつになるのだろうか。 「・・・浩にい・・・。」 千鶴がうっすらと目を開けた。 「ごめん、また寝ちゃってた。」 千鶴があわてて体を起こす。 あたふたしている千鶴に愛おしさがこみあげてくる。 僕は用意した包みを千鶴の前に差し出す。 「合格おめでとう。よくがんばったよね。」 「浩にい、ありがとう。いいの? これ。」 「うんうん、僕からのお祝い。」 僕が用意したのはラベンダー色したボールペンとシャーペンのセット。 千鶴は包みを開けると、満面にうれしそうな顔でぼくを見た。 「ありがとう、浩にい。」 僕は、千鶴の頭を撫でる。 「高校がんばれよ、受験で終わりじゃないぞ、高校はこれから大変だと思うよ。 授業についていくのは。」 「うん。OBの浩にいの言葉、プレッシャー感じる。」 「今くらいの学力ならついていけるとは思うけれど、ちーの勉強具合見てたらね。 でも勉強で分からないことがあれば、いつでも見るよ。 遠慮なく言って、特に数学はね。」 「・・・うん、ほんとに聞きに来るよ。いいの?」 「武士に二言はないさ。」 おどけた調子でそう告げると、千鶴がくすっと笑った。 今日も1日が終わる。 僕はベッドに横になった。 被っている布団からほんのりとラベンダーの匂い。 千鶴の残り香だ。 彼女のことを思う。 めったに行くことはないけれど千鶴の部屋には、ラベンダーのポプリが常にあった。 自然と顔が緩む。 もし今の僕の顔を誰かが見れば、にんまりとした、しまりがないものになっているだろう。 それにしても匂いだけで気分が高揚するなんて・・・。 幸せな気持ちとともに、・・・ほんの少し自己嫌悪する。 |