成人式にアルバイト


「なあなあ、もうすぐ成人式やろ? 

真由美、やっぱり行かへんの?」

まばたきのたびにマスカラで固めたまつげをバサバサさせながら沙織が聞く。

「うん、当然バイト。」

「はあ・・・、信じられん!」

沙織はふうと大きな息を吐いた。

まあ、沙織のそんな反応、分らなくもないけれど・・・。

家の事情もあるし、しょうないやん・・・。


実際には参加しようと思えばできなくもない。

ただ、ほぼ全員?といっていいほど女性新成人の着ていくであろう勝負服、

振袖一式が用意できなかったのだ。

父は別に失職した訳ではないけれど、

不況プラスサブプライムショックのあおりを受けて、ボーナスの支給が皆無になってしまっていた。

これまでの蓄えがあるから学費は問題ないそうだけれど、それ以上の出費は厳しいみたい。


わたしは振袖を着るのをあきらめた。

かといって家にあるスーツやワンピースで出かける気にもなれかった。

成人式に振袖が決まりではないけれど、わたしも女、気が引ける。

だからその日はバイトすることにしたのだ。


もともとバイト三昧していたわたし。

成人式に行かないと宣言しても両親は何も言わない。

ちなみに突発外泊やらかしたときも何も言わなかった。

その時もすぐに「バイトの延長上」と理解し体調の心配のみをする両親。

信用されすぎているのもどうかと思うのだが、

これも彼氏いない暦を延々続けているせいだろうか。


「成人式後に同窓会、そしてそこで盛り上がった男女が恋にという、

おいしいシチュエーションもあるかもなのにもったいない。」

ああ、沙織ってば、相変わらずだ。

あんたの頭は男のことしかないのか。

「・・・いいもん、別に。それに着慣れない着物は窮屈なだけだし・・・。」

言葉に少し負け惜しみが入ってたかも。

でも沙織はそう受け取らなかったようだ。

「やれやれさすがは彼氏いない暦の御大、何を言っても無駄。」

と揶揄しながら沙織は首を振った。



「相楽さん、成人式の日、休み取ってないんだ。」

バイト先の本屋で仕事を終えた後、

店長である石本さんがシフト表を確認しながら言った。

「はい。」

店は日祝日も営業している。

むしろ普段よりお客の入りはいいかも。

石本さんが今更シフトの確認するのも変な気がする。

「・・・でも、相楽さん、今年の新成人なんだろう? 行かないの? 成人式。」

「ああいうイベント苦手ですし、着物もそんな好きじゃないから行かないです。」

本音は振袖着てみたい。

でも贅沢言えない家庭事情。

事実を隠してそう言い訳した。

石本さんは「ふーん」と言うと、少し考えるそぶりをしてから言った。

「行かないのなら祝日のこの日、本屋より見入りのいいバイトやってみない? 

あ、妖しい所じゃないよ、当然。」

「別のバイトですか?」

「そうそう、実はぼくもその日はそこへ行くことになってるんだ。

先方に話つけておくからね。」

石本さんはにっこりと笑った。

何、一人で納得して頷いているんですか。

その爽やかな笑顔が曲者なんです。

わたしが不審がってるのが伝わったのか、石本さんは話し出した。

「いや、バイトといっても決められた場所にじっとしていてくれればいいから。

これまでいろいろ頼んだけれど、今度のは断然楽、ね。」

じっとしているだけってほんとでしょうね。

わたしはちょっぴり疑いながらも承諾してしまった。



成人式当日。

石本さんとの待ち合わせは○駅前、午前7時と随分早い。

バイト的には午後5時まで拘束されるそうだけれど、

1日1万円、しかも即金でもらえるのは確かにおいしいかも。

わたしは待ち合わせの5分前に到着、石本さんはすでに待っていた。

ジーンズにダウンのジャケットを着た石本さんは、

相変わらず好青年風爽やかな空気を辺りにふりまいている。


「いこうか。」と言うなり、わたしの腕を掴んでぐいとひっぱり歩き出す。

「すぐそこだから、逃げないでよね?」

石本さんが例のにっこり笑みを浮かべる。

こ、これは、やっぱりいつものパターンだ・・・。

とはいえ以外な場所に連れて行く。

行った先は美容院だった。


石本さんは美容院にいた店員らしき女性に

「お願いします。」と声をかけると出て行った。

「あ、あの・・・。」

「任せてちょうだいね、石本さんから言付かっているから。」

彼女は美容室の2階へとわたしを案内する。

石本さんと話しした助成は、胸にある名札から店長で前田という人だ。

美容室の2階は畳の部屋だった。

入り口付近の階段で靴を脱いで上がらなければならなかった。

中には奥に衣紋掛けがあり、そこに黒色に赤い花の模様が入った振袖が掛けられていた。

「服はここに脱いで置いてね。」

そして前田さんは籐の籠をわたしの前に置いた。

「服を脱ぐって・・・。」

「あらあら、恥ずかしがらなくてもいいのよ。

着物苦手だって聞いたから、帯も苦しくないよう気をつけるからね。」

彼女の言葉でようやく状況がつかめた。

ここは着付けする場所らしく、どうやら着物を着るらしい。

前田さんは手際よく着付けていく。

わたしが着る着物は振袖、あの黒色に赤い花模様のものだった。

「うんうん、あとは髪ね。」

わたしを1階へ招くと今度は髪を着物に合うようにとアップし始める。

髪が終わると化粧も施され、いつもの自分とは似ても似つかない姿の自分が鏡の中にあった。

「そうそう草履はこれを。」

金糸の刺繍が施された草履をわたしの前に出す。

夢みたいだ。

でも夢じゃないんだよね。

何度も鏡の前で自分の姿を確認する。

そうしているうちに石本さんが店内に入ってきた。

石本さんはわたしを見るなり一瞬目を見開いたけれど、

すぐにあのにっこり笑顔を向けた。

「・・・石本さん、この着物は・・・。」

少しびくつきながら石本さんに聞いてみる。

「ああ、気にしないで、ぼくが用意したものだし、もともと家にあったものだから。」

石本さんの家にあったもの? 

この振袖が、あのぼろい、もといレトロで小さなアパートの部屋の

どこに収納されてたというのだろうか。

ますます訳がわからない。

「深くは考えないで、それもバイトの内容に含まれてるから。」

とにっこり笑い返されて外に出るよう促された。

そして石本さんはわたしの手を取りゆっくりと歩き出す。

はぐらかされてしまったかな。

でもなぜか、わたしは石本さんの手を振りほどこうとは思わなかった。

違和感なくつないでいるし、

草履で歩きつらいわたしの歩調にちゃんと合わせてエスコートしてくれているし。

歩きながら、ほほがぼーと熱くなってきた。

石本さんのペースにすっかり流されちゃってる・・・。


わたしは美容院の近くにある駐車場に連れて来られた。

そこで石本さんは紺色の車の前に立つとドアを開け、わたしを助手席へと促す。

「車、持ってたんですか?」

「いやいや、これは借りものだよ。」

と言うと、石本さんは車を走らせる。

着いた場所は、区のホール、今年の新成人が集まり祝う会場に指定された場所だった。


「差し出がましいとは思ったけれど、ちゃんと成人式は祝わないと。

一生に一度しかないんだからね。遠慮しないで行っておいで。」

「・・・石本さん、ありがとう。」

わたしはもう、泣きそうになった。

いやすでに泣いていたかも。

石本さん、暗にわたしが成人式に行かない訳、察してしまったのかな。

これまで無茶なお願いされてたけれど、それにも増して今日のサプライズは・・・。

あきらめていた振袖を着て、きれいに髪やメイクも整えてられて。

今まで乙女チックなことを妄想していてはことごとく裏切られていただけに、

なんと言っていいのだろう。

言葉では言い尽くせない。

すごくうれしい。

「泣くと化粧剥げるよ。」と言いながら、石本さんは指でわたしの出掛かった涙をぬぐってくれた。


成人式は1時間ほどで終わった。

石本さんは終わった頃を見計らってわたしを迎えに来てくれた。

「食べる」と、コンビニの袋からサンドウィッチを差し出す。

「ほんとうにありがとうございます。」

わたしは助手席で何度も頭を下げた。

「いやいや、バイトにまだ行ってないし。」

「はい?」

「あれ? 忘れちゃだめじゃない、日給1万円のバ・イ・ト。」

石本さんは「バイト」の言葉を強調して言った。

ああ、それがあったんだった。

感激するあまりに、すっかり忘れていた。

嫌な予感がまたする。

振袖はまだ着ているし、まさか・・・。


時代劇の奥女中が「あれー、おたわむれを」と言いながら、

手癖の悪い殿さまに帯をくるくる回され解かれていく図が頭をよぎる。

いいや、そうじゃない、石本さんのことだから・・・。



わたしの予感は的中した。

石本さんは由緒正しいであろうと思われる日本建築の駐車場へ車を止めた。

奥の座敷に連れて行き、

振袖姿のまま、体をひねり後ろに振り向くようなポーズを取らされた。

そのポーズを見ながら数十人の年配の男女が筆を走らせわたしを描く。

どうも、由緒正しき日本家屋は、日本画で有名な人のものだった。

わたしを描いている人たちはその画家の弟子たちだと後で知った。

石本さんもその中に混じってわたしを描いていた。

ふと、年末に手伝いした年賀状のことを思い出す。

どうりであのイラストが上手すぎた訳だ。

石本さんは、もともと絵を描く人だったのだ。

ほんとに不思議な人だ。

そんなことを考えてると「首、動くな!」と、どこやらか鋭い声がして怒られた。

すごく怖いです、ここは・・・。


途中一度休憩の時間があったけれど、それこそ気休め程度でしかなかった。

始終ぴりぴり緊迫した中でモデルを続ける。

石本さんがはじめに言ったバイトの説明は確かに間違いではない。

しかしそれは、じっとしていて動く必要のないバイトというより、

決して動いてはダメなバイト。

体の変な所に力が入り筋肉疲労を起こしているし、

ゆるいめとはいえしょせんは帯、締められた体は苦しく、

どうみても重労働としか思えない。



約束していた5時がすぎるとようやくモデルから開放された。

30すぎくらいの和服の似合うきれいな女性に導かれ座敷とは別の和室へ通された。

そこには美容院で脱いだ服が畳んで置かれていた。

彼女に言われるままにそこで元の服に着替えた。

「譲さん、強引だけれど、よろしくね。」

とその女性は言った。

「譲さん」とは誰のことを指しているのかすぐには分らなかったけど、

石本さんの下の名前がそうだったと思い出した。


譲さんと石本さんを呼ぶ女性。

なんだか複雑な気分だ。


わたしはそんな変な気持ちのまま、石本さんからバイト代1万円を受け取ると、

車で○駅前まで送ってもらった。


助手席から降りる際に石本さんが言った。

「また、頼んでもいい? 絵のモデル。」

わたしは振り向いた。

石本さんを見るわたしの顔は、傍から見ると変な顔をしていたと思う。

ぴりぴり緊張感いっぱいで身動きできない体力もいる怖いバイト。

そんなの、お断りなんだけれど、当然お断りなんだけれど・・・。

そう思っていたのにわたしの口から出たのは「・・・いいですよ。」の言葉。


だってわたしを見ている石本さんの目が真剣だし熱を持っているみたいに見えるし、

嫌だとはとても言えなかった。



はい、石本さんの目が持つ威力に流されてしまいました、自分・・・。 (終)



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